過重労働とは、長時間労働や度重なる休日出勤などにより、心身に大きな負荷がかかっている働き方を指します。法令の範囲内であっても、こうした状態が続けば、メンタル不調や休職に至り、「実は限界だった」と後から気付くケースは少なくありません。
本記事では、過重労働と長時間労働の違いを整理しながら、企業が見落としやすいリスクと、実務として押さえておくべき3つの防衛ライン、具体的な防止策を解説します。
過重労働とは
過重労働とは、長時間労働や不規則な勤務、度重なる休日出勤などによって、心身に大きな負荷がかかっている状態を指します。単に残業が多いというだけでなく、過度な業務量、責任の重さ、強いプレッシャー、上司からの厳しい叱責や職場ハラスメントなど、強い心理的負荷も含めて考慮されます。
法律上「過重労働」という明確な定義はありませんが、厚生労働省では、時間外・休日労働が月100時間を超える場合、または2~6か月平均で月80時間を超える場合を、健康障害リスクが極めて高い水準としています。これらは過労死ラインとも呼ばれ、脳血管疾患・心臓疾患や精神障害との関連性が強いとされています。
なお、2021年の労災認定基準の改正により、この時間に達していなくても、業務内容や職場環境、心理的負荷などを総合的に見て、過重労働と判断されるケースがあることも明確になっています。
過重労働の基準とは?
過重労働という言葉は日常的に使われていますが、あくまで状態を示す言葉であり法律上、ここからが過重労働と一律に定められている明確な定義はありません。過重労働とは、過度な労働時間や負荷により心身に悪影響を及ぼす働き方のことを言います。
企業の実務では、
-
労働基準法に基づく時間外労働の上限規制
-
労災認定や過労死等の判断基準
-
メンタルヘルス不調を防ぐための健康配慮の視点
といった、異なる目的を持つ基準を同時に意識する必要があります。
それぞれの基準は役割が異なるため、「法律を守っていれば大丈夫」「36協定の範囲内だから問題ない」と単純に割り切ることができません。この複雑さが、過重労働の判断を難しくしている要因といえるでしょう。
過重労働と長時間労働の違い
過重労働と混同されやすい言葉に、長時間労働があります。どちらも長く働くという点では共通していますが、意味合いと判断の軸は異なります。
まず、長時間労働とは、実際の労働時間が法定労働時間を大幅に超えている状態を指す、一般的な表現です。ただし、長時間労働という言葉自体は、労働基準法などで明確に定義されている用語ではありません。そのため、「何時間からが長時間労働か」という基準は、企業や個人の認識によってばらつきがあります。
実務上は、法定労働時間である1日8時間、1週40時間を超える労働を長時間労働と呼ぶケースが多く見られます。法定労働時間を超えて時間外労働を行わせる場合には、労使間で36協定を締結する必要があります。
36協定に基づく時間外労働の上限は、原則として1か月45時間、1年360時間とされています。そのため、実務上は月45時間を超える時間外労働が、長時間労働の一つの目安として扱われることも少なくありません。
一方、過重労働は、単に労働時間が長いかどうかだけで判断されるものではありません。長時間の時間外労働に加え、休日出勤の多さ、不規則な勤務、頻繁な出張、業務内容や責任の偏りなどにより、身体的・精神的に大きな負担がかかっている働き方を指します。
両者の違いを整理すると、
-
長時間労働は、労働時間の「量」に着目した概念
-
過重労働は、働き方の結果として「健康への負荷」が生じている状態
といえます。
長時間労働が続けば、過重労働につながる可能性は高まりますが、必ずしも両者が一致するわけではありません。業務の裁量や支援体制によっては、長時間労働であっても本人の負担が比較的小さいケースもあります。
しかし、企業として注意すべきなのは、時間数だけを見て安心してしまうことです。法定上限を守っていたとしても、心身への負荷が大きい場合には、過重労働としての配慮や対応が求められます。
近年の過重労働の現状
厚生労働省の資料によると、近年、週60時間以上働く労働者の割合は減少傾向にあるものの、依然として全体の5%以上を占めており、長時間労働の問題は解消されたとは言えない状況にあります。
また、脳・心臓疾患や精神障害による労災支給件数も高水準で推移しており、強いストレスを背景に、うつ病などの精神疾患を発症するケースも増加しています。
こうした状況から、単に労働時間の削減を進めるだけでなく、業務負荷や職場環境そのものに目を向けた、実効性のある対策が求められています。
企業が守るべき過重労働の3つのライン
過重労働を適切に判断するためには、単一の基準ではなく、複数の視点を重ねて考えることが重要です。ここでは、企業が実務上押さえておきたい3つのラインを整理します。
① 法律上のライン(時間外労働の上限)
最も基本となるのが、労働基準法に基づく時間外労働の上限です。
-
原則:月45時間・年360時間( 限度時間 )
これを超えて働かせるには、労働基準法第36条に基づく労使協定(いわゆる36協定)の締結・届出が必要です。しかし、36協定さえあれば無制限に残業ができるわけではありません。
特別条項付き36協定 とは?
繁忙期や突発的なトラブルなど、どうしても月45時間という原則の枠に収まらないケースに備え、あらかじめ労使で合意しておく特例が特別条項です。
-
特別条項付き36協定がある場合でも、適用するには以下の制約をすべてクリアする必要があります。
(1)年720時間以内(時間外労働)
(2)単月100時間未満(時間外労働+休日労働の合計)
(3)(2)*の2〜6か月平均が80時間以内
(4)月45時間を超えられるのは、年6ヶ月までが限度
(参考)厚生労働省:時間外労働の上限規制 わかりやすい解説
※特別な事情 がなければ発動できない
特別条項は、忙しいから…という理由だけで安易に使えるものではありません。
-
認められる例: 大規模なクレーム対応、突発的な仕様変更、決算業務、機械の故障対応など
-
認められない例: (理由を限定しない)業務繁忙、単なる人手不足など
これらを超えた場合や、正当な理由なく特別条項を適用した場合は、明確な法令違反となり、是正勧告や罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となります。
特に注意が必要なのは、特別条項が例外的な措置であるという点です。特別条項を前提とした業務設計や、恒常的な長時間労働は認められていません。
② 労災・健康リスクのライン(過労死等の判断基準)
次に意識すべきなのが、労災認定や過労死等の判断で用いられる基準です。
一般的な目安として知られているのが、以下の水準です。
-
発症前1か月で時間外労働が約100時間
-
発症前2〜6か月平均で約80時間
| 期間 | 基準(時間外・休日労働) | 評価のニュアンス |
| 発症前1か月 | 100時間超 | 業務と発症の関連性が強いと判断される |
| 2〜6か月平均 | 80時間超 | 業務と発症の関連性が強いと判断される |
ただし、現在の労災認定では労働時間だけで判断されるわけではありません。厚生労働省の認定基準は2021年に見直されており、長時間労働に加えて、労働時間以外の負荷要因も総合的に評価されます。
具体的には、
-
拘束時間が長い、休息時間が十分に確保されていない
-
出張や移動が多い、勤務時間が不規則である
-
交代制勤務や深夜業が続いている
-
精神的緊張を伴う業務や、対人ストレスの高い業務が継続している
といった要素が重なることで、時間外労働が80時間や100時間に近接している場合でも、業務と健康障害との関連性が強いと判断される可能性があります。
この点からも、法定上限を守っていることと、健康リスクが低いことは必ずしも一致しないという点に注意が必要です。法令遵守と健康配慮は、異なる視点で考える必要があります。
③長時間労働者に対する面接指導の基準
あわせて実務上押さえておきたいのが、長時間労働者に対する医師による面接指導の基準です。
労働安全衛生法では、時間外・休日労働が月80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる労働者について、本人から申出があった場合、企業は医師による面接指導を実施する義務があります。
なお、研究開発業務従事者や高度プロフェッショナル制度適用者については、省令や厚生労働省の指針により、より厳格な健康管理が求められます。2019年の法改正により、これらの対象者は、時間外・休日労働が月100時間を超えた場合、本人の申出がなくても医師による面接指導を実施することが義務付けられています。
| 対象者 | 実施基準(時間外・休日労働) | 企業側の義務 |
| 一般の労働者 | 月80時間超 + 疲労蓄積 | 本人の申出があれば義務 |
| 研究開発業務従事者 | 月100時間超 | 本人の申出は不要(義務) |
| 高度プロフェッショナル制度適用者 | 月100時間超(健康管理時間) | 本人の申出は不要(義務) |
不調のサイン
以下では、数値基準だけでは捉えきれない、メンタルヘルス上の危険サインについて整理します。
3つ目のラインは、時間数だけでは把握できないメンタルヘルスの視点です。長時間労働や業務負荷が続くと、次のような変化が現れることがあります。
・ミスやトラブルが目立つようになる
・表情が乏しくなる
・感情の起伏が激しくなる
・周囲とのコミュニケーションを避けるようになる
・本人が繰り返し「大丈夫」と言い続ける
これらは、労働時間が法定内であっても注意が必要なサインです。見過ごされたまま放置されると、メンタル不調の深刻化や休職、離職につながるリスクが高まります。
過重労働のリスク
過重労働への対応が不十分な場合、企業にはさまざまなリスクが生じます。
・労災認定や安全配慮義務違反による訴訟リスク
・従業員の休職・離職による人材流
・生産性の低下や職場の士気低下
・企業イメージや採用力への悪影響
特にメンタルヘルス不調は、表面化した時点で既に重症化しているケースも多く、事後対応だけでは十分な回復が難しいこともあります。
過重労働を防ぐためにできること
過重労働の防止は、単に法令違反を避けるための対応ではありません。問題が表面化してから是正するのではなく、判断の遅れを防ぐ仕組みをいかに作れるかが重要になります。ここでは、人事・労務の立場で押さえておきたい実務的な視点を整理します。
時間管理に加えて負荷を可視化する
勤怠管理の徹底は、過重労働対策の基本です。しかし、労働時間の数字だけを追っていても、リスクの芽を見逃すことがあります。
・業務内容が精神的緊張を伴うものになっていないか
・出張や移動、突発対応が常態化していないか
といった業務負荷の質的な側面にも目を向けることが欠かせません。時間数の増加と負荷の偏りが重なっていないかを、人事が定期的に確認する仕組みを設けることが重要です。
業務量を構造として見える化する
過重労働は、個人の頑張りや時間管理の問題として捉えられがちですが、実際には業務の設計や配分の歪みから生じているケースが少なくありません。
そのため、まず各部署・各職種の業務を洗い出し、業務量を客観的に可視化することが重要です。
・属人化している業務はないか
・本来不要、または見直し可能な業務が放置されていないか
こうした視点で業務を整理していくと、「誰が忙しいか」ではなく、なぜその業務がその人に集中しているのかが見えてきます。過重労働の背景には、業務の属人化や、長年見直されていない進め方がそのまま残っているケースも少なくありません。
見えてきた課題に対しては、業務の整理や再配分、手順の見直しなど、現実的な改善策を一つずつ検討していくことになります。場合によっては、ITツールの活用が助けになることもあるでしょう。
ただし、ツールを入れれば解決するという話ではなく、どの業務に、どんな負荷がかかっているのかを整理した上で使うことが大切です。
業務量を定期的に振り返り、改善を重ねていく。この積み重ねが、過重労働の兆しに早く気づき、対応を後手に回さないための土台になります。
ラインを超える前 に声をかける運用をつくる
過重労働対策では、80時間や100時間といった基準を超えた後の対応だけでなく、基準に近づいている段階での介入が効果的です。
例えば、
・残業が連続して増加している社員への早期フォロー
・管理職への注意喚起や業務調整の要請
など、「問題が起きる前に止める」運用を組み込むことで、結果的に違反リスクを下げることにつながります。
面接指導や産業保健対応を形式化しない
長時間労働者への医師による面接指導は、法令対応として実施されることが多い一方で、形式的な対応にとどまってしまうケースも見られます。
・業務調整につながっていない
・一時的な対応で終わってしまう
こうした状態では、再発防止にはつながりません。面接指導の結果を踏まえ、
・上司・人事・産業保健スタッフ間の連携
まで含めて対応することが重要です。
相談が遅れない仕組みを整える
過重労働が深刻化する背景には、「相談できなかった」「相談しても変わらないと思っていた」という状況があります。
・外部相談窓口やEAPの活用
・匿名性や守秘性への配慮
こうした仕組みは、問題が大きくなる前に声を上げるための安全網です。本人任せにしないことが、結果的に企業リスクの低減につながります。
管理職の判断力を底上げする
現場で最初に変化に気づくのは、直属の上司であることがほとんどです。しかし、管理職自身が、どこまでが許容範囲なのか、どの段階で人事につなぐべきか、を理解していなければ、対応は後手に回ります。
・メンタル不調の初期サインに関する教育
・人事に相談してよいタイミングの明確化
を通じて、管理職が一人で抱え込まない運用をつくることが、違反防止の実効性を高めます。
まとめ:3つのラインを重ねて判断することが重要
過重労働への対応では、
-
法律上のライン
-
労災・健康リスクのライン
-
メンタルヘルスのライン
この3つのラインをバラバラに捉えるのではなく、一人の人間にかかる負荷として重ねて見つめ直してみてください。特に人事・労務担当者に求められるのは、明確に違反していないから問題ない、と判断することではありません。法令を守ることは前提であり、そのうえで、働き方が従業員の心身に過度な負荷を与えていないかを見極め、必要なタイミングで介入する判断が求められます。
過重労働への対応は、単なるリスク回避ではなく、従業員との信頼関係や、持続可能な組織づくりにも直結します。従業員の健康を守ることは、組織の未来を守ること。本記事をきっかけに、自社の運用が今の働き方に本当にフィットしているか、ぜひ一度点検してみてください。






