メンタルヘルスケアとして注目を集めているEAP。2022年からはパワハラ防止法が中小企業にも適用され、企業に対してパワハラ対策のための相談窓口設置が義務化され、それに伴いEAPを導入する企業も増えてきています。
では、実際にEAPを導入しようと考えた場合、どのように進めればよいのでしょうか?また、EAP導入後にはどのような問題が生じる可能性があるのでしょうか?今回は、EAPの導入プロセスと導入後の課題、およびそれらの解決方法についてお話しします。
EAPとは
EAP(Employee Assistance Program、従業員支援プログラム)とは、従業員やその家族が直面するさまざまな問題を解決するために提供される専門的な支援を指します。
EAPは、個人のメンタルヘルスの維持や向上を図ることを目的としており、従業員のストレスや職場環境の改善に寄与します。
EAPの具体的な内容としては、カウンセリングサービスやメンタルヘルス関連の研修等が挙げられます。このプログラムの導入により、従業員の生産性を高め、企業全体のパフォーマンス向上につなげることが期待されています。
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EAP導入率
EAPは1950年代のアメリカで、アルコール依存症問題の対策から始まりました。その後メンタルヘルス問題の重要性が認識されるにつれて、EAPは多様な課題に対応するように発展してきました。現在では、多くの企業がこのプログラムを導入し、従業員の健康と福祉を重視する文化が根付いています。
アメリカでのEAP導入率
アメリカでは、大手企業500社のうち95%がEAPを導入し、12,000社以上のEAPサービス機関が存在します(参照:メンタルヘルス対策としてのEAP)。
日本でのEAP導入率
それでは日本ではEAPはどの程度企業に導入されているのでしょうか。
2023年の厚生労働省の調査によれば、約35.8%の事業所がEAPを整備していることが明らかとなりました。(参照:労働安全衛生調査(実態調査))。
日本におけるEAPの導入率は約35.8%ですが、近年ではメンタルヘルスの問題を抱える従業員へのケアが企業にとって大きな課題となっています。そのため、今後は、EAPの導入がさらに進むとみられています。
【参考:算出根拠】メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.8%、そのうち取り組み内容として
「内部相談体制の整備:45% 」(内部EAPと想定)、「他の外部機関を活用したメンタルヘルス対策の実施:11.1%」(外部EAPと想定)より
EAP利用率
EAPが導入された場合、実際にどの程度利用されているのでしょうか?
EAPの利用率については明確な調査結果がありませんが、2023年の厚生労働省による労働安全衛生調査の「仕事や職業生活に関するストレスの相談状況」という項目から外部EAPの利用率は、約1.9%と推測することができます。
【参考:算出根拠】現在の自分の仕事や職業生活でのストレスについて相談できる人がいる労働者の割合:94.9%
そのうち相談相手として、事業場が契約した外部機関のカウンセラー、「こころの耳電話相談等」の相談窓口:2%
EAP導入の流れ
EAPの導入は、従業員のメンタルヘルスを支援し、職場環境を改善することに繋がるため企業にとって重要なメンタルヘルス対策です。
しかし、EAPを効果的に運用するためには、明確で具体的な導入目的を設定することが不可欠です。ここではEAP導入の目的をどのように具体的に設定するかについて、現状分析から目標設定、目的の明文化、定期的な見直しに至るまでの流れを詳しく解説します。
導入目的の明確化
EAPを導入する際には、まず何を達成したいのかを具体的に設定する必要があります。
例えば、従業員のメンタルヘルスの向上や職場のストレスの軽減、労働生産性の向上、離職率の低下など、EAPを導入する目的を明確にすることが重要です。
EAPをより効果的にするためには、従業員の現状を理解することが不可欠です。匿名のアンケートやヒアリングを実施することで、どのようなメンタルヘルスの問題があるのかを調査するのが良い方法です。
役割とフローの確認
EAPの運営には、社内の担当者だけでなく、外部の専門機関やカウンセラーも関与します。そのため、各自の役割(相談窓口の設置、カウンセリングの実施、フォローアップなど)を明確にし、スムーズに運営できる体制を築くことが重要です。
また、相談から支援までの流れを具体化し、相談窓口に連絡が入った後のカウンセリングやフォローアップのプロセスを整理し、文書化することで、従業員にもわかりやすくなります。
EAPサービスの選定
EAPには多様なサービスが存在します。
面接カウンセリング、電話相談、オンラインセミナー、ストレスマネジメント研修など、企業のニーズに合ったサービスを選ぶことが重要です。
また、予算に応じたサービスを選定し、導入後の効果を見越した分析を行います。例えば、カウンセリングの質や利用者数を考慮し、コストに見合うかどうか(従業員の満足度や業務効率の向上など)を評価します。
導入計画の策定
具体的な導入計画を作成し、誰が何をいつまでに行うのかを明確にすることで、プロジェクトの進行管理が容易になります。また、EAPの目的や利用方法を従業員にしっかりと伝えるためのリーフレット作成・配布や説明会を開催し、プライバシー保護や相談の流れについても説明することが重要です。
実施と運用
計画に基づいてEAPサービスの運用を開始します。初期段階では、利用状況を注意深く観察し、従業員の反応を確認します。さらに、定期的に運用状況を評価し、従業員からのフィードバックを収集して、サービスの改善や新たなニーズへの対応を行います。
効果測定とフィードバック
EAP導入後は、相談件数や従業員の満足度、メンタルヘルスに関する指標(欠勤率、離職率など)を測定し、EAPの効果を評価します。効果測定の結果をもとに、必要に応じてプログラムの内容や運用方法を見直し、従業員のニーズに応じてサービスを柔軟に調整することが求められます。
EAP導入後の問題点と解決方法
EAPの導入は、従業員のメンタルヘルスを支援し、職場環境を改善するための重要な施策ですが、導入したものの本当に会社や従業員にとって役立っているのか疑問に思われる場合があります。
せっかくEAPを導入するのですから、効果的に運用したいですよね。そこで、EAP導入後に直面する問題点について、具体例とその解決方法を解説します。
利用率の低さ
EAPを導入した企業で、相談窓口を設けたものの、実際に相談を行った従業員が全体の5%にも満たなかった。
従業員がEAPを利用しない原因は、EAPの存在や利用方法が周知されていないことが多いです。特に、新しく導入されたEAPについて情報提供が不十分だと、従業員は「自分には関係ない」と感じることがあります。また、利用することで周囲からの評価が下がるのではないかという不安も影響しています。
EAPの利用率が低い場合、まず情報提供を強化することが重要です。社内での説明会やニュースレター、ポスターなどを活用し、EAPの存在や利用方法について積極的に周知します。
プライバシーの懸念
ある従業員がメンタルヘルスの問題を抱え、EAPを利用したいと考えていたが、「相談内容が社内に漏れるのでは?」と心配して利用をためらった。
プライバシーの懸念は、EAPの利用を妨げる大きな要因です。従業員は、相談した内容が他の人に知られることを恐れるため、特に敏感な話題については相談を避ける傾向があります。このため、企業はEAPのプライバシー保護の重要性を徹底的に伝える必要があります。
従業員がプライバシーを懸念する場合、EAPのプライバシー保護について明確に説明し、相談内容が外部に漏れないことを保証するポリシーを公表することが重要です。また、外部の専門機関を通じてEAPを運営することで、従業員が安心して利用できる環境を整えます。相談の流れや内容を透明化することで、信頼感を醸成することも効果的です。
効果の測定の難しさ
EAP導入後、従業員の満足度調査を実施したが、メンタルヘルスの改善を具体的に数値化できず、経営陣からの評価が得られなかった。
メンタルヘルスの改善を数値で示すのは難しい場合があります。例えば、従業員のストレスレベルや業務のパフォーマンスが改善したとしても、その変化を直接的にEAPの導入に結びつけることができない場合があります。このため、定期的なフィードバックやアンケートを通じて、効果を定量的に示す努力が求められます。
EAPの効果を測定するためには、具体的な評価指標を設定し、定期的に評価を行うことが求められます。例えば、相談件数や従業員の満足度、欠勤率の変化などを指標として用います。さらに、EAP利用者からのフィードバックを定期的に収集し、プログラムの改善点を見つけ出すことで、効果を実感しやすくなります。
メンタルヘルスに対する偏見がある
「悩みがある=メンタルが弱い・仕事ができない」というような偏見がある職場においてEAPが導入されたものの、従業員が利用をためらっている。
EAPの導入が企業文化と合わない場合、従業員は相談窓口等の利用をためらうことが多くなるでしょう。例えば、メンタルヘルスに対する偏見や無理解が根強い環境では、EAPの利用が「弱さを示すこと」と捉えられがちです。このため、企業はメンタルヘルスの重要性を社内で広め、正しい情報を提供することが必要です。
EAPが社内文化と合わない場合には、啓発活動を実施することが大切です。メンタルヘルスの重要性についての社内研修やワークショップを開催し、従業員の理解を深める活動を行います。また、経営陣や管理職が率先してメンタルヘルスの重要性を強調し、EAPを積極的に利用する姿勢を示すことで、社内文化の変革を促進します。
継続的なサポートの必要性
EAP導入後、初期の利用者数は多かったが、その後のフォローアップが不足し、徐々に利用率が低下した。
EAPは一度導入すれば終わりというわけではなく、継続的なサポートが必要です。従業員のニーズは時間とともに変化するため、定期的なフォローアップや新しいプログラムの導入が求められます。これを怠ると、従業員は「EAPは必要ない」と感じ、利用が減少してしまいます。
EAPの導入後は、定期的なニーズ調査を行い、従業員のメンタルヘルスに関するニーズを把握することが重要です。その結果をもとにEAPの内容を柔軟に見直すことで、従業員の関心を維持します。また、時間とともに変化するニーズに応じて、新しいサービスやプログラムを追加することで、より効果的な支援が可能となります。
コストの問題
EAPを導入したが、予算オーバーのためにプログラムの一部を削減せざるを得なくなった。
EAPの導入にはコストがかかりますが、特に小規模な企業では予算の制約が大きな課題です。導入後に費用対効果を実感できない場合、経営陣からの支持が得られず、プログラムを見直しされることもあります。従業員の満足度や業務効率の向上をしっかりと示すことで、コストへの理解を得る努力が必要です。
EAPの導入にかかるコストが問題となる場合、費用対効果の分析を行い、EAPの導入による効果(従業員の生産性向上や欠勤率の低下など)を数値化して経営層に提示することが重要です。これにより、予算の確保やプログラムへの支持を得やすくなります。また、初期費用を抑えるために段階的にEAPを導入し、必要に応じてサービスを拡充するアプローチを取ることも効果的です。
このようにEAP導入後に企業が抱える問題点はさまざま挙げられます。これらの問題を理解し、適切な対策を講じることで、EAPの効果を最大化し、従業員のメンタルヘルス向上につなげることができます。
おわりに
EAPは、従業員のメンタルヘルスを支援し、職場環境の改善を図るための重要な施策です。導入に際し、さまざまな課題が存在するものの、それらを適切に理解し、対策を講じることで、EAPの効果を最大限に引き出すことが可能です。
今後も企業は、従業員の心身の健康を重視し、持続的なサポート体制の構築に努めていくことが求められます。メンタルヘルスに対する理解を深め、安心して相談できる環境を整えることで、従業員の生産性や職場の活力を向上させていきましょう。