企業がパワハラ防止措置を講じることが義務化される「パワハラ防止法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)」。
2020年6月1日に大企業に対して既に施行されており、2022年4月1日からは中小企業にも施行されます。
今回は、職場のパワーハラスメントの定義を具体的事例を交えながらわかりやすく解説します。
パワハラの定義|3つの要素とは?
労働施策総合推進法において職場におけるパワーハラスメント(以下、「パワハラ」)は次のように定義づけられています。
<労働施策総合推進法(抄)>
(雇用管理上の措置等)
第30条の2 事業主は、職場において⾏われる優越的な関係を背景とした⾔動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、 当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
このことからパワハラとは、職場における地位や人間関係の優越性のもと、業務上必要な範囲を超えた言動により、労働環境を害することです。
パワハラの定義から、3つの要素を満たすとパワハラということになります。
パワハラの3要素とは・・・
① 優越的な関係を背景とした⾔動
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えている
③ 労働者の就業環境が害されるもの
それぞれ具体的な内容について見ていきます。
パワハラ3要素|①優越的な関係を背景とした⾔動
「優越的な関係を背景とした⾔動」とは、上司や先輩など、職場での地位や優位性を利用して行われる言動のことをいいます。
優越的な関係には、上司だけではなく、同僚や後輩も含まれます。
例えば、業務上必要な知識や経験を有している同僚や後輩の協力を得なければ仕事に支障をきたす場合、その同僚や後輩は優位性があることになります。
また、同僚や後輩からの集団的な行為で、抵抗や拒絶が困難なことも含まれます。
パワハラ3要素|② 業務上必要かつ相当な範囲を超えている
「業務上必要かつ相当な範囲を超えている」とは、社会通念に照らし、業務上明らかに必要性がない言動のことをいいます。
(例)
- 業務上明らかに必要性のない言動
- 業務の目的を大きく逸脱した言動
- 業務を遂行するための手段として不適当な言動
- 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
パワハラ3要素|③ 労働者の就業環境が害されるもの
「労働者の就業環境が害されるもの」とは、暴力や、人格や名誉を傷つけるような言動等により身体的精神的な苦痛から、職場での能力の発揮を阻害されることです。
例えば、暴力により傷害を負わせたり、何度も大声で怒鳴ることや、厳しい叱責を執拗に繰り返すなどにより、恐怖を感じさせる行為、長期にわたる無視や能力に相応しくない仕事を与え、就労意欲を低下させる行為などがあげられます。
次に具体的なパワハラ行為について見ていきます。
パワハラの代表的な行為|6つの類型・裁判例
厚生労働省は、代表的なパワハラにあたりうる6つの類型を示しています。これら全ては、優越的な関係を背景として⾏われたものであることが前提です。また、パワハラ行為は様々あり状況により判断が異なるため、6つの類型に限るということではありません。
また6つの類型にあてはまる行為であっても、パワハラの3つの要素を満たさない場合は、パワハラに該当しません。
パワハラの6つの類型とそれら行為が含まれている裁判例、それぞれ該当しないとされる行為についてあげていきます。
パワハラ6つの類型 【①身体的な攻撃】
- 殴打、足蹴り、突き飛ばすなどの暴行、傷害行為
- 相手に物を投げつける
・誤ってぶつかる
・業務上無関係な同僚同士の喧嘩
「身体的な攻撃」が含まれている裁判例
F事件(名古屋高裁 平20.1.29)
【概要】
- Y社の従業員であったXが、勤務中、同社の従業員であったY1から胸倉を掴んで頭・背中・腰を板壁に叩きつけたり頭突きをしたりといった暴行受ける。
- その後の労働者災害補償保険法の申請手続等においてY社の従業員Y2から不当な対応を受けた。
- このことから外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患と主張。
- Y社らに対し、不法行為による損害賠償金と遅延損害金の支払を求める。
【判旨の概要】
- 暴行を加え、その違法性は明らか。
- これによりXが被った損害を賠償すべき責任を負う。
【結果】
- 第一審は、請求の一部容認。Y社らが連帯して慰謝料支払い。
- 控訴審も一部容認。第一審が認定した損害額を一部修正。
パワハラ6つの類型 【②精神的な攻撃】
- 人格を否定するような言動を行う。
- 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う。
- 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う。
- 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を相手を含む複数の労働者宛てに送信する。
- 十分な指導をせず、放置する。
・遅刻など社会的なルールに欠けた言動があり、再三注意しても改善が見られない場合、一定度強く注意する
・企業にとって重大な問題行動を行ったことに対し、一定度強く注意する
「精神的な攻撃」が含まれている裁判例
K事件(大分地裁 平25.2.20)
【概要】
- 化粧品販売会社から出向した先のY社において、美容部員として勤務していたXがY会社の実施する販売コンクールにおいて販売目標数を達成しなかった。
- その後に開催された研修会において「罰ゲーム」として、Y社の従業員Y1らに意に反してコスチュームを着用して参加することを強制される。
- 別の研修会でコスチュームを着用したスライドが投影された。
- このことから休業を余儀なくされる精神的苦痛を被ったとして、不法行為を理由として損害賠償を請求。
- Y社の従業員Y2が、Xが受診したクリニックに対し医療情報の照会を行った。
- このことにより精神的苦痛を被ったとして損害賠償を請求。
【判旨の概要】
- Y1 が特定のコスチュームを着用させることについてXがその場でこれを拒否することは非常に困難。
- さらにその様子をスライドで公開したことについては、社会通念上正当な職務行為である。
とはいえず、Xに心理的負荷を過度に負わせる行為であり違法性がある。 - Y1らにはXに損害が発生することについて過失があり、不法行為に該当すると認められる。
【結果】
- Y社及びY1らに対する請求が一部認容され、Y2に対する請求は棄却された。
パワハラ6つの類型【③人間関係からの切り離し】
・特定の労働者を仕事から外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする。
・ひとりの労働者に対して、同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる。
・新入社員を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施する
「人間関係からの切り離し」が含まれている裁判例
S事件(東京高判 平5.11.12)
【概要】
- 学校法人Yの高等学校の教諭であるXが、それまで担当していた学科の授業、クラス担任等一切の仕事を外される。
- 一切仕事も与えられないまま4年半にわたって別室に隔離される。
- さらに7年近くにわたって自宅研修をさせられた。
- 年度末一時金の支給停止等の差別的取扱いがなされた。
- これらについて不法行為である等として慰謝料の支払いを求める。
【判旨の概要】
- YがXに対し、仕事外し、職員室内隔離等の差別をしてきた原因については、Xが二度にわたって産休をとったことや、その後の態度が気にくわないという多分に感情的な校長の嫌悪感に端を発する。
- それら行為は、業務命令権の濫用として違法、無効である。
【結果】
- 一審はYのXに対する慰謝料400万円。
- Yが控訴したが、慰謝料が増額(600 万円)。
パワハラ6つの類型【④過大な要求】
- 上司が部下に対して、長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を課す。
- 新入社員に必要な教育を行わず、達成不可能なレベルの業績目標を課し、達成できないことに対して厳しく叱責する。
社員を育成するために現状よりも少し高いレベルの 業務を任せる
「過大な要求」が含まれている裁判例
K事件(横浜地裁 平11.9.21)
【概要】
- Y1社の営業所に所属する運転士であるXが、駐車車両に路線バスを接触させた。
- 営業所所長Y2から下車勤務として約1か月の同営業所構内除草を命じられる。
- さらに、乗車勤務復帰後も1か月以上の添乗指導を受けることを命じられた。
- このことによりXは精神的損害 を受けたと主張。
- Y1社とY2に対し、慰謝料の支払を求めた。
【判旨の概要】
- 接触事故についてはXの過失がない。
- Xに対して炎天下における構内除草を無期限に強いることは、Xに対する人権侵害の程度が非常に大い。
- 下車勤務の目的を大きく逸脱しており、恣意的な懲罰の色彩が強く、安全運転をさせるための手段としては不適当。
- 所長としての裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令であり、故意による不法行為である。
【結果】
- 請求の一部認容。Y1社及びY2のXに対する慰謝料60万円支払い。
パワハラ6つの類型【⑤過小な要求】
- 上司が管理職である部下を退職させるため、誰でも遂行可能な受付業務を行わせる。
- 気に入らない部下に嫌がらせのため仕事を与えない。
・経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせる
「過小な要求」が含まれている裁判例
B事件(東京地判 平7.12.4)
【概要】
- 勤務先Yが管理職(課長)Xに対して行った降格を行った。
- 降格人事の内容は、管理職Xに対して、指揮監督権を有さない作業技術者に任命。
- さらにその後、総務課の受付に配置させる。
- このことは嫌がらせ行為であり、Xら中高年管理職を退職に追い込む意図をもってなされる不法行為であるとして、Yに対し慰謝料の支払いを求めた。
【判旨の概要】
- Xに対する総務課(受付)配転は、Xの人格権(名誉)を侵害し、職場内・ 外で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされた。
- Yに許された裁量権の範囲を逸脱した違法なものであって不法行為を構成する。
【結果】
結果、請求の一部認容。YのXに対する慰謝料支払い。
パワハラ6つの類型【⑥個の侵害】
- 職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をする。
- 家族や恋人、宗教等、プライベートを詮索する。
- 個人情報を本人の了解を得ずに他者に暴露する。
・社員への配慮を目的として、社員の家族の状況等につ いてヒアリングを行う
「個の侵害」が含まれている裁判例
K事件(最三小判 平成7.9.5)
【概要】
- 勤務先Yが、従業員Xらが特定の政党の党員又はその同調者であることを理由に、継続的に監視したり、無断で私物の写真撮影や、他の従業員にXらと接触しないよう働きかけた。
- Xらは、これら行為は、不法行為にあたると主張して、Yに対し、慰謝料等の賠償等を請求した。
【判旨の概要】
- 勤務先Yの行為は、Xらの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害する。
- さらに、プライバシーを侵害し、名誉を毀損するものであり、Xらの人格的利益を侵害するもの。
【結果】
- 一審は一部認容し、第二審は、一審判決を支持したため、Yが上告した。
- 結果果、上告棄却。
おわりに
以上、パワハラの3つの要素とパワハラ行為の代表的な6つの類型、それらが含まれる判例について見てきました。
しかし、パワハラに該当するか否かについては、明確な基準はなく、職場の人間関係等の様々な状況を踏まえて見ていく必要があります。
パワハラをされているか、してしまっているか、不安や疑問に思うことがあったら一人で抱え込まず、社内や社外の窓口に相談することをおすすめします。
(参考)
『職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!』(厚生労働省)
『パワーハラスメントの定義について』(厚生労働省)