2023年4月1日から、中小企業に対しても月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%に引き上げられました。企業はどのような対応が必要となるのでしょうか。
この割増賃金率の引き上げは、働き方改革関連法の施策のひとつです。
今回は、働き方改革関連法の概要を確認し、割増賃金率の引き上げや就業規則等の対応方法について詳しく見ていきます。
働き方改革関連法とは
働き方改革関連法(※)とは、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」、「働く方々のニーズの多様化」など日本が直面する労働環境に関する課題に対応することを目的とした法律です。
働く人々がそれぞれの事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進するため、「長時間労働の見直し」、「多用で柔軟な働き方の実現」、「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」のため施策や制度が2019年4月1日から順次施行されています。
2023年4月1日から中小企業にも適用される割増賃金率の引き上げは、働き方改革関連法における長時間労働の是正に関連する施策です。それでは具体的な内容について見ていきましょう。
(※)正式名称は、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律です。
時間外労働・休日労働をさせるためには、36協定の締結が必要
労働基準法では、労働時間は原則として、1⽇8時間・1週40時間以内とされています。 これを「法定労働時間」といいます。また、休⽇は原則として、毎週少なくとも1回与えることとされています。
法定労働時間を超えて労働者に時間外労働をさせる場合や法定休⽇に労働させる場合には、次の手続きが必要です。
- 労働基準法第36条に基づく労使協定(36(サブロク)協定)の締結
- 所轄労働基準監督署⻑への届出
時間外労働の上限規制
すべての企業において、時間外労働の上限は原則として⽉45時間・年360時間であり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができません。
【36協定の特別条項の記載例はこちら】
https://www.mhlw.go.jp/content/000350329.pdf
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、以下を守らなければいけません
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
- 時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平 均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1⽉当たり80時間以内
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度
中小企業でも月60時間を超える残業の割増賃金率が50%
2023年4月1日から月60時間の残業割増賃金率が、大企業、中小企業ともに50%になります。
割増賃金の引き上げ対象は、2023年4月1日からの労働時間となります。
割増賃金率引き上げの経緯
2010年に、労働基準法が改正され、月60時間以上の時間外労働に対する割増率が25%以上から50%以上へと引き上げられました。しかしながら、この時点で事業者に大きな影響を与える可能性があったため、割増賃金率の引き上げは大企業に限定されました。
月60時間を超える残業の割増賃金率50%については、中小企業には、猶予期間が設けられていましたが、2018年の労働基準法改正により、猶予措置が廃止されることが決定され、2023年4月から中小企業も、月60時間以上の時間外労働に対して割増賃金率が50%以上に引き上げられます。
中小企業かどうかの判断について
中小企業に該当するかは、業種ごとに「①資本金の額または出資金額」または「②常時使用する労働者数」を満たすかどうかで判断されます。
次の表の①または②を満たす場合、中小企業に該当します。
月60時間を超える残業の割増賃金の計算方法
割増賃金率が50%になるのは、月の時間外労働時間が60時間を超えた部分のみです。
60時間以下の割増賃金率は25%です。
具体的な例とともに詳しく解説していきます。
まず、割増賃金の基礎となる賃金を求めます。
1時間あたりの賃金の計算方法
割増賃金の基礎となる賃金は、1時間あたりの賃金です。
月給制の場合も1時間あたりの賃金に換算して計算します。
月給に含むもの | 月給に含まれないもの |
一律支給の手当など |
家族数、交通費・距離や家賃に比例して支給するもの。 |
(例)基本給235,000円、精皆勤手当8,000円、家族手当20,000円、通勤手当15,000円
年間所定休日122日、1日の所定労働時間が8時間の場合
【1年間における1ヶ月平均所定労働時間】
365-122日(1年間の所定出勤日数)×8時間(1日の所定労働時間)÷12ヶ月
=162時間
【月給】月給には家族手当や通勤手当など家賃や距離に比例して支給するものは含まれません
基本給235,000円+精皆勤手当8,000円
=243,000円
【1時間あたりの賃金】
243,000円(月給)÷ 162時間(1年間における1ヶ月平均所定労働時間)
=1,500円
割増賃金の種類と割増率
割増賃金は3種類あります。
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外 |
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた時 | 25%以上 |
時間外労働が限度時間(1ヶ月45時間、1年360時間等)を超えた時 | 25%以上 | |
時間外労働が1ヶ月60時間を超えた時 | 50%以上 | |
休日(休日手当) | 法定休日(週1日)に勤務させたとき | 35%以上 |
深夜(深夜手当) | 22時から5時までの間に勤務させたとき | 25%以上 |
時間外労働賃金の具体的な算出方法
それでは時間外労働賃金の算出方法を具体例から見ていきましょう。
【算出例】
- 1ヶ月の起算日は毎月1日
- 法定休日は日曜日
- カレンダー中の青字は、時間外労働時間数
時間外労働の割増賃金率
- 60時間以下 25%
- 60時間超 50%
1時間あたりの賃金1,500円とした場合の残業代の計算例
(法定労働時間の賃金は含まれず、残業のみの計算となります)
カレンダー白色部分(月60時間以下)
60時間(残業時間) × 1500円(1時間あたりの賃金) × 1.25 = 112,500円
カレンダー緑色部分(月60時間超)
10時間(月60時間を超える残業時間) × 1500円(1時間あたりの賃金) × 1.5 = 22,500円
カレンダー赤色部分(法定休日労働)
8時間(法定休日労働) × 1500円(1時間あたりの賃金) × 1.35 = 16,200円
深夜労働との関係
月60時間を超える時間外労働を深夜(22:00〜5:00)の時間帯に行わせる場合は、
深夜割増賃金率25%+時間外割増賃金率50%=75%となります。
休日労働との関係
法定休日とは、労働基準法35条で規定されている、使用者が労働者に必ず与えなければならない休日のことであり、1週40時間以内かつ、1日8時間以内の労働では、
毎週少なくとも1回の休日を与える必要があります。
60時間を超える月の時間外労働をした後、休日出勤した場合でも、深夜勤務がなければ、通常の休日割増の割増賃金率35%が適用されます。
ただし、これは法定休日の場合であり、会社が指定する公休日などの法定外休日に、月60時間を超える時間外労働が発生した場合は、割増賃金率50%で残業代を計算します
企業が対応すべきこととは?
それでは割増賃金率の引き上げに伴い、中小企業が対応すべきことを見ていきましょう。
代替休暇を取り入れる
1か月60時間を超える法定時間外労働を行った労働者の方の健康を確保するため、 引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇(代替休暇)を付与することができます。
労使協定を結ぶことが必要
代替休暇制度導入にあたっては、過半数組合、それがない場合は過半数代表者との間で労使協定を結ぶことが必要です。
※この労使協定は事業場において代替休暇の制度を設けることを可能にするものであり、 個々の労働者に対して代替休暇の取得を義務づけるものではありません。 個々の労働者が実際に代替休暇を取得するか否かは、労働者の意思により決定されます。
①代替休暇の時間数の具体的な算定方法
②代替休暇の単位
③代替休暇を与えることができる期間
④代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
就業規則の変更
割増賃金率の引き上げに合わせて就業規則の変更が必要となる場合があります。
【就業規則の記載例】
第○条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。
(1)1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月1日を起算日とする。
① 時間外労働60時間以下・・・・25%
② 時間外労働60時間超・・・・・50%(以下、略)
「モデル就業規則」は厚生労働省のサイトからダウンロードできます。
そちらも参考にしてみてください。
業務効率化・職場環境改善
時間外労働に対する割増賃金率の改定は、長時間労働を防ぎ労働者の健康を確保することを目的とするものです。
長時間の時間外労働が常態化している場合、業務の内容や流れを整理することが重要です。
労働者や部署において、それぞれ仕事の偏りがないかなど現状を把握する目的にも、ストレスチェックは有効です。
ストレスチェックで職場環境の課題を見つけることで、どの分野で職場環境改善を行うべきか、その優先度の判断をすることができます。
おわりに
「割増賃金率の引き上げ」についてお伝えしました。2023年4月1日から月60時間を超える時間外労働をさせた場合、割増賃金率が50%に引き上げられます。
法令の遵守について不安がある場合は労働基準監督署等に相談することをおすすめします。
また働き方改革に取り組む中小企業に、環境整備に必要な費用の一部を国が助成する制度も設けられています。
詳しくはこちらのリーフレットを参照ください(厚生労働省)
(参考)
しっかりマスター労働基準法〜割増賃金編〜(東京労働局)
月60時間を超える時間外労働の割増賃金が引き上げられます(厚生労働省)
Ⅱ法定割増賃金率の引上げ関係(厚生労働省)
割増賃金の算出方法(川崎北労働基準監督署)
時間外労働の上限規制|わかりやすい解説(厚生労働省)