厚生労働省の調査によれば職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)は年々増加し、2018年度には、全国の都道府県労働局の総合労働相談コーナーに寄せられたいじめ・嫌がらせに関する相談は8万件以上にものぼりました。
2022年からは中小企業に対してもパワハラ防止法も施行され、企業におけるパワハラ防止対策は急務ともいえます。しかし何から始めたらよいのか戸惑う人事担当者の方も多いのではないでしょうか。
今回は、企業はパワハラ防止対策として何から取り組めばよいのかについてお伝えします。
パワハラ防止対策|企業は何から取り組めばよいのか?
「パワハラとは何か?」社内で認識を共有する
「パワハラ」の定義については立場によって解釈が様々であり、明確な判定基準はなく状況により見ていく必要があり、その定義はとても曖昧であるといえます。
立場による解釈が様々
例えば、遅刻しがちな部下に上司が教育的な指導として強く叱責した場合、部下は即「パワハラだ」と考える場合があります。叱責の内容にもよりますが、業務の適正な範囲内であっても「パワハラだ」と言われると、業務に支障をきたしてしまいます。
一方、上司が「部下を成長させるため」と称して、部下の人格を否定し精神的な攻撃を加えるような行為はパワハラに当たります。
まず、社内においてパワハラの定義について認識を共有することが重要です。
職場のパワハラの定義とは
- 同じ職場で働く者に対して、
- 職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、
- 業務の適正な範囲を超えて、
- 精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為 です
ハラスメントの定義は下記の記事で詳しく説明しています。
共有方法としては、ポスターやチラシでの告知や、社内ミーティング等で定期的に確認するなどが挙げられます。
パワハラを予防する|企業が取り組む5つの方法
社内でのパワハラを予防するため、企業が取り組む方法は次の5つ挙げられます。
① トップのメッセージを発信する
② ルールを決める
③ 実態を把握する
④ 教育する
⑤ 周知する
このことについてそれぞれ見ていきます。
① トップのメッセージを発信する
企業として「職場のパワハラはなくすべきもの」という方針をトップから示すことで、社内に従業員同士、人格を尊重し合う風土の醸成が期待できます。
組織としての方針が明確になると、パワハラについての問題意識も共有され、もしパワハラが生じた場合でも解決や解消に向けて社内で発言しやすくなり、風通しの良い組織づくりに寄与します。
メッセージのポイントとしては、次のことが挙げられます。
- パワハラは、企業全体として取り組むべき課題であることを明確にする
- パワハラを防止することの重要性や理由を説明する
トップのメッセージ発信の具体例として、『パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)』で示される例は参考になります。
ハラスメントについて
ハラスメント行為は人権にかかわる問題であり、従業員の尊厳を傷つけ職場環境の悪化を招く、ゆゆしき問題です。当社は、ハラスメント行為は断じて許さず、すべての従業員が互いに尊重し合える、安全で快適な職場環境づくりに取り組んでいきます。
このため、管理職を始めとする全従業員は、研修などにより、ハラスメントに関する知識や対応能力を向上させ、そのような行為を発生させない、許さない企業風土づくりを心掛けてください。○○年○月○日
○○株式会社 代表取締役社長 □□□□
(引用:『パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)』厚生労働省)
② ルールを決める
企業全体でパワハラ防止に取り組むためには、就業規則や服務規律等でルールを明確化することが効果的です。ルールにおいては、パワハラ行為を行った者に対し、懲戒規定等に基づき厳正に対処する内容をできる限り具体的に定めます。
ルールを定める際には、労働組合や労働者の代表者らと意見交換した上で定めます。
就業規則の変更後は、変更内容の周知が義務付けられているため、従業員への文書配布等で周知します。
③ 実態を把握する
職場のパワハラ防止対策を効果的に行うためには、社内の実態を把握することが重要です。
より正確に実態を把握するため、多くの回答を得る必要があります。回答率を上げるため、匿名での実施し、調査方法としては、用紙によるものだけではなく、インターネット上のアンケートサービスを用いることもおすすめです。
アンケートの項目例や実施マニュアルは厚生労働省の特設サイトからダウンロードできます。
④ 教育する
教育のための研修の実施は、パワハラ予防対策でもっとも効果的といわれています。できるだけ全員に参加してもらい、1回限りではなく、定期的に繰り返し実施することが有効です。
企業規模が大きい場合には、管理監督者向け研修と一般従業員向け研修に分けると、内容をきめ細かく説明できるためさらに効果的です。
研修の実施方法については、厚生労働省が提供する「あかるい職場応援団」での動画やオンライン研修講座の活用の他、専門家に講師を依頼するなど様々挙げられます。
⑤ 周知する
(画像引用:厚生労働省)
企業としてのパワハラ防止の方針や取り組みについて、社内に周知します。
具体的な方法としては、ポスターやリーフ、定期的なパワハラ防止についての説明会などで行います。ポスターやリーフ等は、同じものを掲出するだけではなく、年に1回程度リニューアルし、張り替えることが効果的です。
パワハラを解決する|企業が取り組む2つの方法
実際に社内でのパワハラが発生している場合、企業は何に取り組めばよいのでしょうか?パワハラか否かの判断については絶対的な基準はなく、曖昧な部分が多分にあります。そのため、① 相談や解決の場を設置することで当事者が話をできる機会を設け、パワハラと認められた場合は、② 再発防止のために取り組む必要があります。
このことについてそれぞれ見ていきます。
① 相談や解決の場を設置する
相談窓口について
相談窓口の設置については、パワハラ防止法において相談窓口の設置が義務化されています。大企業に対しては既に2020年6⽉1⽇に施行され、中小企業に対しては2022年4⽉1⽇から施行されます。
相談窓口設置の内容等については下記の記事で詳しく説明しています。
解決の場について
相談窓口は、ハラスメントか否かを判定する場ではなく、相談者からの意見を聞く一次対応の窓口です。相談内容を受けた後、事実関係を確認し、行為者・相談者へとるべき措置を検討し、フォローするという流れとなります。
相談から事実確認、行為者への対応について具体的な例を挙げて見ていきます。
企業による行為者への対応例
【相談内容】
上司に質問をしても「なぜわからないのか」と言われ、「頭が悪い」、「朝10時に今日はもう帰ってもいい」などの罵声をこの半年毎日のように浴びせられている
【事実確認】
相談者が会社として対応を求めたため、行為者に対して、事実確認を実施
■環境の配慮■
・外に声が漏れない部屋を用意
・相談担当者男女 2 名が、落ち着いた気持ちで話してもらえるように配慮する
・行為者に対して、面談内容は秘密厳守であり、報復などはしてはいけないと最初に告げる
■行為者の認識■
・行為者は、自らの行為はパワハラには当たらないと認識
■結果■
・職場の第三者に事実確認するも、外勤が多い職場のため事実関係を確認できなかった
・しかし、部下の人格を攻撃することは望ましくなく、指導方法の問題を指摘し、上司である行為者の理解を繰り返し促した
・複数回の話し合いの結果、行為者の言動に変化が見られた
行為者・相談者へのフォローアップについては、双方に対して会社として取り組んだ内容を説明し、まずは理解を得るようにします。
行為者については、どのような言動が問題だったのか伝え、今後このようなことが起こらないよう継続的なフォローアップを行うことが大切です。
② 再発防止のための取り組み
実際にパワハラが発生し、解決したとしても再発しないよう、行為者への継続的なフォローアップや、パワハラ予防策について定期的な見直しや改善を行うことが重要です。
解決後も安心して働き、相談しやすい職場環境になっているか、行為者が同様の問題を起こしていないか、パワハラが発生しやすいような環境になっていないか等を見ていく必要があります。
再発防止の具体的な取り組みは、次のようなことが挙げられます。
- パワハラ再発防止のための行為者への研修の実施
- 事例発生時に管理職へ情報を共有し注意喚起をはかる
- 適切な指導で部下の育成に取り組むことができる人材かどうかを管理職登用の条件とする
- コミュニケーションの強化や長時間労働対策など、職場環境改善に取り組む
おわりに
今回は、企業のパワハラ防止対策の具体的な取り組み方法について説明してきました。会社全体として半年から1年など長期的な視点で、継続的に取り組み、定期的に見直しながら、各企業にとって効果的なパワハラ防止対策を行っていくことが重要です。
(参考)
『データでみるハラスメント』(厚生労働省)
『パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)』(厚生労働省)