企業のメンタルヘルス対策における産業医の役割とは?相談・連携方法は?

企業のメンタルヘルス対策における産業医の役割とは?相談・連携方法は? 産業医

産業医とは、医療の専門家として職場で働く人々のメンタルヘルス対策や健康管理を担当する医師のことです。

厚生労働省の調査によると、メンタルヘルスの不調が原因で休職や離職する人が増加しており、労働者の80%以上が仕事において強いストレスを感じていることが明らかになっています。(※)。このため、企業におけるメンタルヘルス対策は、従業員の健康を守るだけでなく、職場の生産性を向上させたり、離職を防ぐためにも非常に重要です。

産業医は健康診断や面談を通じてメンタルヘルスの問題を早期に発見し、職場環境の改善を提案する重要な役割を果たしています。このように、企業のメンタルヘルス対策において産業医は欠かせない存在です。

今回は、企業におけるメンタルヘルス対策における産業医の役割や、企業が産業医とどのように連携していくべきかについてお伝えいたします。

※ 「令和5年労働安全衛生調査」(厚生労働省)

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産業医の役割

産業医は、職場で働く人々の健康を守るために重要な役割を果たしています。その職務は法律に基づいて9つに分類されています。

【産業医の職務(安衛則第14条第1項)】

  1. 健康診断の実施とその結果に基づく措置
  2. 長時間労働者に対する面接指導・その結果に基づく措置
  3. ストレスチェックとストレスチェックにおける高ストレス者への面接指導その結果に基づく措置
  4. 作業環境の維持管理
  5. 作業管理
  6. 上記以外の労働者の健康管理
  7. 健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進のための措置
  8. 衛生教育
  9. 労働者の健康障害の原因の調査、再発防止のための措置

さらに、産業医はこれらの活動に加え、月に1回の職場巡視や衛生委員会への参加が必要です。また、長時間労働者に関する情報を把握することも重要です。これらの取り組みを通じて、労働者の実態や現状を理解し、より適切な健康管理を行うことができます。

企業のメンタルヘルス対策とは

近年、仕事に対する不安やストレスを感じる労働者が増えており、心の健康に関する問題で通院する人や自殺者の数も高い水準で推移しています。このような状況を受けて、事業場におけるメンタルヘルス対策が重要視されています。

メンタルヘルス対策は、目的と実施主体によって次のとおりに分けられます。

目的による分類

一次予防:メンタルヘルス不調を未然に防止する取り組みです。一次予防は「健康の保持増進」と「仕事による健康障害の防止」の2つの概念を基に、心の健康を積極的に維持することを目的としています。

二次予防:メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な措置を行う取り組みです。労働者が心の不調を抱える前に対策を講じることが重要です。

三次予防:メンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰の支援等を行う取り組みです。再発防止や職場復帰支援を含むもので、心の健康に問題を抱えた労働者が職場に適応できるようサポートします。

メンタルヘルス対策の目的は、安全配慮義務の履行や、メンタルヘルスに問題を抱える労働者の職場適応だけでなく、すべての労働者の心の健康を向上させることにもあります。

特に三次予防に関しては、従来型のうつ病が主な対象とされてきましたが、最近では抗うつ剤が効きにくく、長期化しやすいタイプのうつ病が増加しています。さらに、双極性障害や統合失調症、睡眠障害などの問題も職場適応に影響を与えているため、幅広い対応が求められています。

実施主体による分類

セルフケア

セルフケアは労働者自身によって取り組まれるケアです。

職場でもプライベートでも、まず大切なのは、自分がストレスを感じていることに気づき、それに対して適切なケアを行うこと、つまり「セルフケア」です。そのためには、各自がストレスやメンタルヘルスについて正しい知識を持ち、自分のストレスに気づいて対処することが重要です。

また、企業としては従業員がセルフケアを実践できるよう、教育や情報提供を通じて支援する必要があります。具体的には、「ストレスやメンタルヘルスに関する正しい理解」や「ストレスチェックを活用したストレスへの気づき」、「ストレスへの対処方法」についての理解を深めることが求められます。

ラインによるケア(ラインケア)

ラインケアとは、日常の職場環境を把握し改善したり、部下の相談に応じたりする管理者のケアのことを指します。ラインケアは管理監督者が取り組むケアとなります。

直属の上司などの管理者は、部下に普段とは違った様子が見られた場合に迅速に気づき、職場環境の改善を通じてストレスの軽減などに適切に対応することが求められます。メンタルヘルスの問題は、本人が気づかないうちに進行することもあるため、ラインケアは非常に重要な役割を果たします。

事業場内産業保健スタッフ等によるケア

「事業場内産業保健スタッフによるケア」とは、産業医や保健師、人事労務管理のスタッフが行うケアのことを示し、従業員や管理監督者に対して支援を行い、メンタルヘルスケアを実施するための具体的な計画を策定します。

事業場外資源によるケア

事業場外資源によるケアは、事業場外の機関・専門家によるケアです。具体的には、外部相談窓口や、職場復帰における支援などが挙げられます。

企業のメンタルヘルス対策と生産性との関係

ストレスとは何か

メンタルヘルスの不調は、精神的な側面だけでなく、身体の健康にも多大な影響を及ぼします。精神的なストレスや不安感は、身体的な症状として現れることがあり、例えば、頭痛や疲労、睡眠障害などの身体的不調を引き起こすことがあります。

これにより、業務の遂行能力が低下し、結果として生産性が減少することが見受けられます。

メンタルヘルスの問題がもたらす職場への影響

さらに、メンタルヘルスの問題が長期化すると、欠勤や休職、最終的には退職に至る可能性もあります。こうした事態は、個人だけでなく、職場全体や企業の業績にも深刻な影響を与えることとなります。

職場環境がメンタルヘルスに与える影響

メンタルヘルスの不調は、必ずしも個人の性格や思考の問題から生じるわけではありません。実際、多くの場合、長時間労働や職場内のハラスメント、同僚との人間関係のトラブルなど、職場環境が大きく影響しています。

特に、過重な業務やプレッシャーのかかる環境は、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす要因となります。また、職場でのサポート体制やコミュニケーションの不足も、メンタルヘルスの不調を助長することがあります。

メンタルヘルス対策の必要性

以上のことから、メンタルヘルスの問題を単なる個人の問題として捉えるのではなく、職場全体での対策が必要です。

具体的には、メンタルヘルスに関する教育や研修を行い、従業員が自分自身の状態を理解し、適切な対処法を学ぶ機会を提供することが重要です。また、職場環境の改善に向けて、労働時間の見直しやハラスメント防止のための施策を講じることも求められます。

このような取り組みを通じて、個人によるセルフケアの取り組みとともに、職場全体でメンタルヘルス対策に取り組むことが重要です。

企業のメンタルヘルス対策における産業医の役割

企業のメンタルヘルス対策における産業医の役割は多岐にわたります。

ストレスチェックの実施

事業場でのメンタルヘルス対策の一次予防を進めるために、ストレスチェック制度が導入されています。

労働安全衛生法により、ストレスチェックの実施者は、医師、保健師、そして特定の研修を修了した看護師や精神保健福祉士に限られています。このため、多くの事業場では、労働者の健康管理を担当する産業医がストレスチェックの実施を行うことが一般的です。

産業医は、ストレスチェックの結果から高ストレス者を選定し、高ストレス者に対する面接指導の実施します。また、ストレスチェックの結果を集団分析し、職場環境の改善に向けたアドバイスを事業者に対して提供する役割も担っています。

衛生委員会への参加

法律により、一定の規模を持つ事業所には衛生委員会の設置が義務付けられています。衛生委員会では、職場の安全性や従業員の健康状態、さらに環境改善に関する議論が行われます。

産業医は衛生委員会のメンバーであり、委員会に関わることで事業場の活動状況や課題をより深く理解します。そして、企業に対して健康管理体制や職場環境、働き方について医学的な視点からアドバイスを行います。

職場巡視

産業医は定期的に職場を巡視し、従業員の健康状態や職場の環境を確認します。この巡視により、ストレスの要因や健康リスクを早期に発見し、適切な対策を講じることができます。また、従業員とのコミュニケーションを通じて、メンタルヘルスに関する問題を把握し、必要なサポートを提供します。

環境改善のアドバイス

職場環境の改善に関しては、産業医は従業員の健康を守るための具体的な提案を行います。これには、作業環境の見直しや、ストレス軽減のための職場のレイアウト変更、適切な休憩時間の設定などが含まれます。産業医の医学的知識を基にしたアドバイスは、従業員が働きやすい環境を整えるために不可欠です。

産業医面談

産業医面談とは、企業の健康管理を担当する産業医が従業員と行う面談のことを指します。健康に不安を抱える従業員に対して、人事部門が健康診断やストレスチェックの結果、業務内容等について産業医と共有し、その内容をふまえて従業員と産業医が1対1で面談を行います。

産業医面談の主な目的は、次の2つです。

  1. 従業員の健康状態を把握し、その結果に基づいて適切な指導を行うこと
  2. 仕事に関する従業員の健康問題について、就業環境や働き方に関する意見を提供すること

産業医は中立的な立場を保つことで、事業者と労働者の両方の視点や事情を理解し、医学的な知見に基づいた適切なアドバイスを行います。

産業医面談が必要となるのは、労働安全衛生法に基づく場合のほかに、健康上の問題が発生し、企業として対応が求められる従業員がいる時や、従業員自身が産業医との面談を希望する場合です。

健康診断後の就業判定

常時1名以上の労働者を雇用している事業者は、健康診断を実施し、健康診断の結果をもとに、現在の職務を引き続き続けられるかどうかを医師に確認することが義務付けられており、これを「就業判定」と言います。

就業判定は産業医が行います。産業医の選任義務のない規模 50 人未満の事業場は、労働者の健康管理等を行うのに必要な知識を有する医師が担当します。

ストレスチェック後の高ストレス者面談

ストレスチェックの結果、高ストレス者と判定された労働者が医師の面接指導を申し出た場合、産業医による面接指導を実施します。

面接指導を通じて、産業医はそれぞれの労働者が抱える問題に対応します。面接指導では、産業医が労働者と1対1で話し合い、ストレスの原因や心身の状況を詳しく聞き取ります。産業医は労働者のストレスの状態を確認し、必要に応じて具体的なアドバイスを行います。

長時間労働者への面接指導

時間外や休日の労働時間が月45時間を超えると、健康障害のリスクが高まります。労働安全衛生法に基づき、月80時間を超える時間外や休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる従業員に対して、本人が希望した場合、医師の面接指導をすることが義務付けられています。この基準に該当しなくても、各事業場で独自の基準を設けて対応することが望ましいです。

復職面談

産業医の復職面談は、疾患や心身の不調で休職している従業員が復職前に受ける面談です。この面談には主に二つの目的があります。一つは、復職が可能な状態かどうかを判断すること、もう一つは復職時の業務制限を確認することです。

面談では、産業医が休職の原因や現在の健康状態を医学的に確認します。休職者が復職の意欲を持っていても、心身の回復が不十分であったり、復職後に過重な業務を担うことで再発のリスクがあるため、慎重な判断が求められます。また、産業医は主治医の診断書や意見書を参考にし、適切な勤務環境について助言します。

企業はこれらの情報を基に、段階的な就業支援や職場復帰後のサポートを検討することが重要です。これにより、休職者がスムーズに復職できるよう支援します。

産業医への相談・連携方法

企業が産業医を選任しても、企業と産業医の連携が不十分な場合、産業医の活用がうまくいかないことがあります。では、どのように産業医に相談し、連携を進めていけばよいのでしょうか。

産業医に求めていることを明確にする

産業医と企業が効果的に連携するためには、企業が産業医に何を求めているかを明確にすることが不可欠です。

各企業が産業医に求めるニーズは多岐にわたります。特に重視している分野は企業によって異なり、例としては健康診断後の面談、メンタルヘルス対策、治療と仕事の両立支援、長時間労働者や高ストレス者への指導が挙げられます。

企業の規模が大きくなると、面談が必要な従業員の数が増加し、それに伴い産業医の活動時間も増えます。しかし、「面談を希望する従業員が多い一方で、産業医の対応時間が限られているため、健康管理活動が停滞する」という問題が生じることがあります。

このような状況を避けるためには、産業医との契約前に具体的な要望や業務の進め方、必要な活動時間を明確に伝え、方針を調整することが重要です。

これにより、事業者と産業医の両者にとってより良い健康管理体制を築くことができます。

産業医と労務担当者のコミュニケーション

産業医と企業の連携においてコミュニケーションが重要な理由は、相互理解を深めることで、より効果的な健康管理が実現できるからです。

例えば、安全衛生担当者や労務担当者が産業医に質問や相談することをためらうこともあるかもしれません。質問が漠然としていたり、具体的な質問や相談がないと感じることがあっても、産業医と職場や従業員の様子について会話するだけで、産業医にとってはその職場を理解することに繋がり、適切なサポートを受けやすくなります。

また、産業医が従業員の業務内容や職場環境を把握することで、具体的な健康指導や問題解決が可能になります。雑談を通じて職場の実情を知ることで、健康診断の結果や労働環境に関する洞察も得られ、全体的な健康促進につながります。このように、コミュニケーションは効果的な連携にとって重要です。気になることがあったら産業医に話をしてみてください。

おわりに

企業のメンタルヘルス対策における産業医の役割や連携方法等についてお伝えいたしました。

メンタルヘルスの問題は、企業経営において非常に重要な課題となっています。特に、人材の確保や離職防止に直結するため、経営戦略に深く関与しています。従業員が心の健康を保つことは、生産性や業務の効率向上にも寄与し、企業全体のパフォーマンスを向上させる要因となります。

専門的な知識をもつ産業医と連携し、従業員が働きやすい職場環境を整えていくことが大切です。

記事監修

精神科医専門医・日本医師会認定産業医。
川崎医科大学卒、1988年渡辺クリニック(2018年改称)を開設。
その後、厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策の在り方検討委員会」委員、内閣府「自殺対策官民連携協働会議」委員、公益財団法人日本精神神経科診療所協会会長など歴任。
現在、医療法人メディカルメンタルケア横山・渡辺クリニック名誉院長、大阪大学医学部神経科精神科非常勤講師、一般社団法人日本精神科産業医協会共同代表理事ほか。
ストレスチェック法制化においても、厚生労働省「ストレスチェック制度に関する検討会」「ストレスチェック項目に関する専門検討会」「ストレスチェック制度マニュアル作成委員会」などの委員を務める。

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