障がい者雇用とは、企業や自治体が障がいのある方を対象とした雇用枠を設け、働く機会を提供する制度です。誰もが能力を発揮しながら働ける社会の実現を目指す中で、この取り組みは近年ますます重要性を増しています。
企業にとって障がい者雇用は、法令遵守という側面だけでなく、組織の多様性を促進し、企業価値の向上や業務の見直しといったプラスの効果をもたらすものでもあります。一方で、初めて障がいのある方を雇用する場合には、配慮や体制づくりに対する不安が先立ち、「難しそう」「うまく対応できるだろうか」と感じる企業も少なくありません。
今回は、障がい者雇用の基本的な制度や考え方に触れながら、雇用によって得られるメリットや、実際に取り組む中で見えてくる課題、さらには法改正や助成金制度といった最新の動向についてもわかりやすく解説します。
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障がい者雇用とは?定義と法的枠組み
障がい者雇用を理解するうえでまず押さえておきたいのは、この制度の目的と成り立ち、そして法的なルールです。障がい者を雇うことは単なる義務ではなく、企業にとって社会的責任の一環であり、共生社会の実現に向けた重要なステップでもあります。ここでは、障がい者雇用の定義や背景、関連法令、雇用義務の内容についてわかりやすくご紹介します。
障がい者雇用とは?
障がい者雇用とは、障がいのある方に働く機会を提供するため、企業や自治体が特別な採用枠を設けて雇用する制度です。対象となるのは、身体障害・知的障害・精神障害などがあり、所定の障害者手帳を所持している方々です。この制度は、障がいのある人々が社会の一員として活躍できるよう支援することを目的としています。
制度の背景と目的
障がい者を取り巻く労働環境は、長らく厳しいものでした。採用機会の不足、低賃金、雇用の不安定さといった課題が積み重なり、社会的孤立や経済的困窮につながるケースも少なくありませんでした。こうした状況を改善しようと設けられたのが、障がい者雇用制度です。
制度の根底には「相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現(障害者基本法第1条)」という共生の理念があります。単に雇用機会を提供するだけでなく、働く場における平等や尊重を保障するための仕組みとして整備されてきました。
障がい者雇用促進法とは?
障がい者雇用を支える中心的な法律が「障害者雇用促進法」です。この法律は1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」を母体とし、改正を重ねながら現在の形に整えられています。法律の目的は、障がい者の職業的自立と雇用安定を支援することにあり、企業への雇用義務や支援制度、差別の禁止、合理的配慮の提供義務などが規定されています。
雇用義務と法定雇用率
2025年4月現在、民間企業における障がい者の法定雇用率は 2.5% に設定されています。これは2024年4月に、従来の2.3%から引き上げられたものです。対象となるのは、常時雇用する労働者が40人以上の事業主です。
施行時期 | 法定雇用率(民間企業) | 対象となる企業規模 |
---|---|---|
~2024年3月 | 2.3% | 従業員数 43.5人以上 |
2024年4月~ | 2.5% | 従業員数 40.0人以上 |
2026年7月~(予定) | 2.7% | 従業員数 37.5人以上 |
なお、法定雇用率は小数点以下を切り捨てて算出されるため、たとえば従業員120人の企業では、
120人 × 2.5% = 3人 の障がい者を雇用する義務が生じます。
今後も障がい者の法定雇用率は段階的に引き上げられる予定です。具体的には、2026年7月からは民間企業の法定雇用率が2.7%に引き上げられ、対象企業の範囲も常用雇用労働者数 37.5人以上に拡大されます。
参照:障害者雇用率制度について(厚生労働省)
障がい者差別の禁止と合理的配慮の提供
2016年の法改正以降、企業には障がいのある方に対する不当な差別を禁止する義務と、合理的配慮の提供義務が課されるようになりました。合理的配慮とは、たとえば通院への配慮や作業環境の整備、柔軟な勤務形態の調整など、本人が働きやすくなるような措置を指します。これらの義務を果たさない場合、行政からの指導や勧告を受けることもあります。
差別の禁止
企業は、採用、昇進、配置、賃金、教育訓練などの雇用に関するあらゆる場面で、障がい者であることを理由に不当な差別的取り扱いをしてはなりません。例えば、障がいを理由に応募を拒否したり、昇進の機会を与えなかったりすることは法律で禁止されています。
合理的配慮の提供義務
企業は、障がい者が職場で能力を発揮できるよう、必要かつ合理的な配慮を提供する義務があります。合理的配慮とは、障がいのある労働者が職務を遂行する上で支障となっている事情を改善するための措置を指します。ただし、企業にとって過重な負担となる場合はこの限りではありません。
合理的配慮の具体例
視覚障がい者に対する情報提供の工夫
- 職場の資料を拡大文字や音声で提供する
- 職場内の危険箇所(段差・障害物など)を事前に説明し、移動のサポートをする
聴覚障がい者とのコミュニケーションのための配慮
- 面接や打ち合わせ時に筆談やチャット、メールを活用する
- 緊急時や日常の連絡は、視覚的にわかる掲示や書面を用意する
肢体不自由者のための動線確保
- 通路や作業スペースに余裕をもたせ、車椅子が通れる幅を確保する
- 机や椅子、作業台などの高さを調整しやすいものに変更する
精神障がい者に対する勤務配慮
- 業務の進め方や手順を、わかりやすく段階的に伝える
- 体調に配慮し、休憩時間や作業ペースの調整を行う
発達障がい者に対する業務サポート
- 業務手順をマニュアル化し、写真やイラスト付きで明示する
- 急な予定変更を避け、スケジュールを事前に共有する
内部障がい・難病のある人への柔軟な働き方の提供
- 体調に応じて時差出勤や在宅勤務などを選べるようにする
- 通院の必要がある場合、時間単位で休暇を取得できる制度を設ける
参照 合理的配慮指針(厚生労働省)
相談体制の整備
企業は、障がい者からの相談に適切に対応するため、相談窓口の設置や相談体制の整備が求められています。また、相談者のプライバシー保護や、相談したことを理由とする不利益な取り扱いの禁止も重要です。
紛争解決の支援
障がい者と企業との間で合理的配慮の提供に関する問題が生じた場合、都道府県労働局長による助言・指導・勧告や、障害者雇用調停会議による調停などの制度が設けられています。
参照:雇用分野における障害者差別は禁止、合理的配慮の提供は義務です。(厚生労働省)
障がい者雇用の企業にとってのメリット
障がい者雇用は、法的義務として取り組むだけのものではありません。実際には、企業にとって多くのプラス効果をもたらす可能性を秘めた取り組みです。人材確保の手段として、また職場環境の改善や企業価値の向上の観点からも、障がい者雇用は注目されています。ここでは、企業にとっての主なメリットを6つの観点からご紹介します。
多様な人材の確保と組織の活性化
障がい者の中には、特定の分野で高い能力を持つ人や、独自の視点や感性を持った人が多くいます。障がいの特性に応じた業務のマッチングや職場環境の調整により、こうした人材が組織の一員として長く活躍できる可能性が広がります。特に近年はテレワークやITツールの普及により、柔軟な働き方の選択肢が増え、障がいのある方が能力を発揮しやすい環境が整ってきました。
また、障がい者雇用を通じて「特性に応じて貢献できる」という考え方が浸透すると、組織内の多様性が促進され、チーム内の相互理解や創造性の向上にもつながります。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進
障がい者を含む多様な人材がともに働く職場では、「違い」を受け入れ、尊重し合う風土が自然と育まれます。これは、いわゆるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)――つまり、多様性(ダイバーシティ)を認め、それを組織の力として活かす包摂的な姿勢(インクルージョン)を企業の文化として根づかせていく取り組みです。
D&Iの考え方のもとでは、性別や年齢、国籍、そして障がいの有無といった違いにとらわれず、一人ひとりの強みや個性を活かすマネジメントが求められます。その結果、職場のコミュニケーションが円滑になり、人間関係もより良好に。さらに、多様な価値観や視点が商品やサービスの改善、新たな発想の創出につながるなど、組織全体の創造性や柔軟性が高まるといったメリットも期待できます。
こうした環境づくりは、企業の社会的信頼を高めるだけでなく、変化の激しい時代を乗り越える競争力のある組織への進化にもつながります。
CSRの実践と企業イメージの向上
障がい者を雇用することは、社会的な弱者に働く機会を提供するという意味で、CSR(企業の社会的責任)を体現する行動のひとつです。実際に障がい者の雇用を進めることで、社会への貢献度が高まり、企業ブランドや外部からの評価にも良い影響を与えます。
とくに昨今はESG投資やSDGsの観点から、企業の社会貢献度が注目されており、障がい者雇用の積極的な取り組みが「社会的に信頼される企業」としての価値向上につながります。
業務の見直しと効率化のきっかけに
障がいのある社員を受け入れるためには、業務の切り出しや職場環境の整備が必要になります。この過程で、従来の業務内容や手順を見直すことになり、結果として業務の最適化や属人化の解消、作業の効率化へとつながるケースも多くあります。
たとえば、定型的な業務(データ入力、資料作成、郵送物のセットなど)を整理することで、社員一人ひとりの負担が軽減され、新たな業務への時間確保にもつながります。
助成金・調整金などの支援
障がい者雇用に取り組む企業には、国や自治体からさまざまな助成金や報奨金が用意されています。たとえば、「障害者初回雇用奨励金」や「特定求職者雇用開発助成金」などの制度があり、条件を満たせば金銭的な支援を受けることができます。
また、法定雇用率を超えて障がい者を雇用した企業には「障害者雇用調整金」などが支給される仕組みもあり、制度を上手に活用することで経済的負担の軽減が可能です。
人事・マネジメント力の強化
障がい者を雇用する過程では、個々の特性に応じた働き方やサポート体制の検討が求められます。この経験を通じて、企業内の人事管理能力やマネジメントスキルが自然と鍛えられていきます。
たとえば、うつ病や発達障害などメンタル面の配慮が必要な社員に対して、柔軟な業務設計やフォロー体制を構築することで、全社員にとっても働きやすい環境が生まれ、結果的にエンゲージメント向上や離職防止にもつながることが期待できます。
障がい者雇用の企業にとってのデメリット・課題とは?
障がい者雇用を進めるうえで、企業が直面する課題や不安は少なくありません。法定雇用率の達成が求められる一方で、受け入れ体制の整備や社内の理解促進など、現場での対応が求められる場面は多岐にわたります。ここでは、実際に企業が感じている課題や懸念点を整理し、デメリットとして捉えられやすい側面を解説します。
業務のマッチングが難しい
企業が障がい者雇用を進める際、最も多く挙げられる課題は「社内に適した業務があるかどうか」です。特に、障がいの特性に応じた業務の切り出しや調整が必要となるため、既存の業務体制を見直す必要があります。業務設計の知識が不足していると、適正配置が難しく、職場でのミスマッチが生じやすくなります。
社内理解と情報不足
障がい者を受け入れたことのない職場では、社員の側に不安や抵抗感が生じることがあります。たとえば「どう接すればよいかわからない」「配慮が必要なことが理解できない」といった声も多く、現場での混乱や誤解の原因となることも。
また、管理者や人事担当者の間でも「障がいのある方に任せられる業務がない」「マネジメントの方法がわからない」など、ノウハウの不足が課題として挙げられています。
職場環境の整備が必要になる
障がいのある社員が安心して働けるようにするには、環境面での配慮も欠かせません。バリアフリー対応、作業スペースの確保、ICT機器の導入など、企業によっては初期投資が必要になる場合があります。
こうした設備や制度の導入が「コスト」として負担に感じられることが、障がい者雇用へのハードルを高めている一因でもあります。
職場内の不公平感や負担感
厚生労働省の調査では、障がいのある社員の受け入れに伴い「仕事の負担が増えた」「他の社員との不公平感がある」といった声も見受けられます。これは、支援やフォローの一部が一部社員に集中してしまうことで生じるもので、結果的に職場全体のストレス要因になる可能性もあります。
雇用後の定着支援とフォロー体制の構築
障がい者を採用した後に安定して勤務を継続してもらうためには、定期的な面談や体調管理、業務調整などのサポートが必要です。人事や現場の管理者が継続的に関わる必要があるため、手間や負担を感じることも少なくありません。
障がい者雇用のデメリットを乗り越えるには?企業が取るべき対応策
障がい者雇用における課題は、たしかに簡単に解決できるものばかりではありません。しかし、適切な知識と社内体制があれば、それらの多くは解消できます。むしろ、課題をきっかけに職場の在り方を見直し、組織の成長につなげることも可能です。ここでは、企業が直面しがちな障がい者雇用の課題をどう乗り越えればよいのか、具体的なポイントをご紹介します。
業務の切り出しと再設計を丁寧に行う
「適した仕事がない」という課題に対しては、業務の整理と切り出しが効果的です。部署ごとの日常業務を洗い出し、ルーティン化されている作業や一部を障がい者に任せられないか検討することで、新たな役割の創出が可能になります。
また、業務フローの再設計を行うことで、従業員全体の作業効率化にもつながる可能性があります。これは障がい者に限らず、すべての社員にとって働きやすい環境をつくる第一歩にもなります。
社内研修・情報共有による意識の醸成
障がい者雇用への不安の多くは、「よく知らない」「接した経験がない」といった情報不足から生まれます。そのため、社内で障がいに関する基礎的な研修やロールプレイングを行うことが非常に効果的です。
また、過去の成功事例や本人の声を共有することで、現場の理解と受け入れ意識を高めることができます。「配慮=特別扱い」ではなく、「お互いの働きやすさを追求する取り組み」であることを、全社で共有することが鍵になります。
外部支援機関や専門家との連携を活用する
障がい者雇用に関するノウハウが社内にない場合は、外部の支援機関を積極的に活用するのがおすすめです。たとえば、以下のようなサポートがあります。
- ハローワークや地域障害者職業センターによるアドバイス
- 就労支援事業所(A型・B型)との連携
- 職場適応援助者(ジョブコーチ)の派遣制度
- 特別支援学校との協力
これらを活用することで、採用前の業務設計から、雇用後の定着支援まで幅広い場面で専門的なサポートが受けられます。
人事制度・評価体制の整備
障がい者を長く雇用し続けるためには、評価制度やキャリア形成の視点も不可欠です。「能力に応じた仕事を任せたいけれど、どう評価したらいいか分からない」という声もありますが、一般社員と同様に、成長目標や貢献度に応じた評価基準を設けることで、本人のモチベーションや職場の公平性にもつながります。
柔軟な働き方の導入
障がいの内容によっては、通勤や体調管理に負担がかかる場合もあるため、テレワークや時差出勤などの柔軟な働き方の導入も検討するべきです。これにより本人の就労継続がしやすくなるだけでなく、企業全体の働き方改革のきっかけにもなります。
障がい者雇用で活用できる助成金・支援制度
障がい者雇用を推進する企業に対して、厚生労働省はさまざまな助成金制度を設けています。これらの制度は、障がい者の雇用促進や職場環境の整備など、多岐にわたります。以下に主な助成金制度をわかりやすくまとめました。
障がい者を新たに雇い入れた場合
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
対象:ハローワーク等の紹介により、障がい者を雇い入れた場合
内容:継続雇用を前提に採用した企業に助成
特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース)
対象:発達障害者または難治性疾患患者を雇い入れた企業(紹介元:ハローワーク等)
条件:雇用管理状況を把握・報告すること
助成額:一般企業:50万円・中小企業:120万円(一例)
トライアル雇用助成金
【障害者トライアルコース】
対象:障がい者を一定期間試行的に雇用した企業
【障害者短時間トライアルコース】
対象:週20時間以上の勤務が難しい精神・発達障害者を、
20時間以上勤務を目指して段階的に雇用した企業
職場の設備整備や配慮措置を講じた場合
障害者雇用納付金制度に基づく助成金
対象:障がい者雇用のために以下のような整備・配慮を行った場合
- 作業施設や福祉施設の整備
- 通勤しやすくするための交通手段の確保
- ICTなどを活用した業務支援・介助の導入
内容:これらにかかる費用の一部を助成
障害者の職場定着・キャリア支援を行った場合
キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)
対象:以下のいずれかを行った企業
- 有期雇用 → 正社員または無期雇用へ転換
- 無期雇用 → 正社員へ転換
目的:障がい者の安定雇用・職場定着の促進
内容:転換措置を継続的に行った企業に助成
詳細な申請条件や申請手続きは、厚生労働省の公式ページをご確認ください
障害者を雇い入れた場合などの助成(厚生労働省)
おわりに
障がい者雇用の取り組みは、ともに働くことへの理解を深めることから始まります。まずは、障がいのある方の特性や必要な配慮について正しく知り、それによって企業にもたらされる前向きな効果を社内に広げていくことが大切です。
障がい者雇用においては、時に不安や戸惑いを感じる場面もあるかもしれません。そうした課題も含めて向き合いながら、自社にとって無理のない形で、できるところから取り組みを進めてみてはいかがでしょうか。企業の姿勢次第で、きっと新たな価値や可能性が広がっていきます。
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