精神科産業医の後藤 剛です。私は、精神科産業医の立場で、うつ状態で休業している従業員の職場復帰に関わる機会が多いです。“うつ状態”といいましても、必ずしもうつ病というわけではなく、適応障害や双極性障害(躁うつ病)のうつ病相など様々な疾患が背後にあります。
発達障害と「二次障害」という視点
中でも、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動症(ADHD)といった発達障害のため、職場でうまくいかずに落ち込み、うつ状態になって休んでいる方が一定数いらっしゃいます。発達障害の診断には至らなくても、その傾向がある(グレーゾーン)ため、業務の遂行や職場内外の人間関係などで支障をきたしてしまい、うつ状態になる方もおります。
こうしたケースでは、発達特性そのものが直接の休業理由になるというよりも、発達特性を背景として職場での困難や失敗体験が積み重なり、結果として抑うつ状態を呈していることが少なくありません。このように、一次的な特性や障害(発達障害・発達特性)に起因して、後から生じた精神的不調や精神疾患は、臨床や支援の現場では「二次障害(二次的な精神障害)」と呼ばれています。
【事例紹介】ASDの特性により困難を抱えたAさんのケース
説明だけではわかりにくいかもしれませんので、具体的な事例を通じて説明させていただきます。いわゆる「大人の発達障害」が原因でうつ状態となり、休業していた従業員Aさんの職場復帰を精神科産業医としてサポートすることになりました。
精神科産業医として面談を重ねる中で、Aさんには発達障害の特性が背景にある可能性がうかがわれました。
具体的には、相手の意図をくみ取ったり臨機応変に対応することが苦手で、対人場面で強い緊張や疲労を感じやすいこと、また業務の優先順位づけや着手の切り替えが難しく、負担感の大きい業務を後回しにしてしまう傾向が認められました。
加えて、自身の置かれた状況を客観的に捉えたり、自分の限界に気づいて周囲に伝えることにも難しさがありました。「適切なタイミングで相談する」という判断が特性上難しく、困難を一人で抱え込んでしまったことが、疲弊を深刻化させた大きな要因と考えられます。
診断の受容と「スペクトラム」の理解
症状は徐々に改善傾向となったものの、職場復帰を意識すると、追い込まれていた当時の状況がリアルに思い浮かび、不安や不眠などの症状が再燃してしまいました。「休業延長」の診断書が発行され、休んでから4か月が経とうとしていました。
通院する中で主治医から発達障害の可能性を指摘され、心理検査を受けた結果、「自閉スペクトラム症(ASD)」の診断を受けました。
【自閉スペクトラム症(ASD)の特徴】としては
・こだわりがある
・想像力に乏しい
・得意不得意の差が大きい
・感覚過敏
などが挙げられます。
ただし、ここで挙げた特徴は、自閉スペクトラム症のある方すべてに当てはまるものではありません。
そのため、「診断名」や一般的な特徴だけで本人を理解しようとするのではなく、どの特性が、どの場面で、どの程度困難につながっているのかを個別に把握することが重要です。
精神科産業医としても、画一的な対応や決めつけを避け、本人の特性と職場環境との関係性に目を向けた支援が欠かせないと考えています。
復職に向けた具体的な環境調整と工夫
大学を卒業して就職したAさんにとって、自閉スペクトラム症(ASD)の診断は受け入れ難かったことでしょう。しかし、どこかでほっとしたところもあったのかもしれません。
休業から半年が経過し、主治医から「復職可能」の診断書が発行され、私はAさんとの復職判定に関わる産業医面談を実施することになりました。私は復職面談の時、
・今回体調を崩したきっかけ
・職場復帰後に向けての再発予防策
を必ず質問することにしており、休業者にもあらかじめ知らせてもらっています。
また、再発予防策として、「仕事をため込まない」「わからないことがあったら抱え込まずに周囲に質問や相談する」などを挙げてくれました。
私の面談結果を参考にして会社側が復職可能と判断し、復職の成功に向けて準備をすることになりました。
復職先について複数の部署が検討されましたが、慣れ親しんだ元の職場に復帰する方針となりました。試し(リハビリ)出勤制度がない会社でしたので、半日勤務から開始して、段階的に勤務時間を延長していくことにしました。
今後の見通しの提示
この次におこなったのが、「Aさんに今後の見通しを提示する」ことでした。自閉スペクトラム症(ASD)の方は、想像することが苦手な傾向があるため、自分自身がどのように復帰していくかを頭の中で思い描くことが難しいと思われます。
復職予定日(受け入れ先の部署は準備にある程度時間がかかります)に向け、復帰後の睡眠覚醒リズムをキープすることや有酸素運動を取り入れること、長時間の昼寝の禁止などのアドバイスをしました。
「相談の場」を構造化する
復職先の部署にお願いしたのが相談相手です。
できればAさんから自発的にBさんに相談してほしいところではありますが、特性上、復帰後すぐにはハードルが高いため、私が設定させていただきました。
今回、定期的な1対1の面談時間をあらかじめ設定したことは、Aさんにとって「相談してよい機会」を明確に示すことにつながりました。
おわりに:その人らしく力を発揮できる環境を模索する
このような好事例は、Aさん本人の回復はもちろん、主治医による適切な治療や家族の協力、上司・同僚や人事労務担当者、産業保健スタッフの連携によって成り立っています。
発達特性そのものを「治す」ことはできません。しかし、本人の持つ特性を尊重しつつ、周囲とのミスマッチを最小限に抑え、双方が無理なく働けるような「環境の調整」を行うことは可能です。
もしかしたら今後、うつ状態が再発して再休業になるかもしれませんし、将来的に障がい者枠での雇用に切り替える可能性もあります。大切なのは、診断名という一つの側面だけでその人を推し量るのではなく、その人がその人らしく、持てる力を発揮できる環境を共に模索し続けることだと考えています。
今後もサポートを続けていければと思います。

