産業医が労働者の健康を守る必要があると判断した場合、事業者に対して健康管理についての勧告をすることができます。しかし産業医はどのように勧告するのか具体的な方法などは規定されていません。
今回は、産業医の勧告権とは何か、その具体例や流れ、事業者が無視した場合はどうなるのかについて解説します。
産業医の勧告権とは
産業医の勧告権とは、産業医が従業員の健康を守るために必要だと判断した場合に、事業者に対して行使できる権限のことを指します。この権限は、労働安全衛生法 第13条 第5項に基づいて次のように定められています。
5 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない。
このように労働安全衛生法に基づいて、産業医は従業員の健康を守るために必要だと判断した際に、事業者に対して勧告を行うことができます。
産業医による指導・助言
勧告権の他、産業医は事業者に対して、次に挙げることについての指導や助言を行う権限も与えられています。
- 健康診断の実施、その結果に基づく措置
- 長時間労働者に対する面接指導、その結果に基づく措置
- ストレスチェックと、高ストレス者への面接指導、その結果に基づく措置
- 作業環境の維持管理
- 作業管理
- 上記以外の労働者の健康管理
- 健康教育、健康相談、労働者の健康の保持増進のための措置
- 衛生教育
- 労働者の健康障害の原因の調査、再発防止のための措置
また事業者は、勧告、指導、助言を理由に、産業医を解任したり、不利益な扱いをしてはいけないとされています。
3 産業医は、第1項各号に掲げる事項について、総括安全衛生管理者に対して勧告し、又は衛生管理者に対して指導し、若しくは助言することができる。
4 事業者は、産業医が法第13条第3項の規定による勧告をしたこと又は前項の規定による勧告、指導若しくは助言をしたことを理由として、産業医に対し、解任その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
産業医の勧告権の具体例
産業医の勧告は、従業員の健康を守るために必要だと産業医が判断した時、事業者に対して行われます。勧告の具体例として以下のようなことが挙げられます。
- 危険物を扱う職場において、産業医が管理監督者に対して危険物の管理方法や、危険物を扱うには不適切な職場環境のリスクがあるような場合
- 空調が整っておらず、従業員が体調を崩すような温度環境で働いている場合
- 長時間労働や過重労働が慢性化しており管理監督者に指導したが改善がされない場合
以上のように労働者の健康を確保するために必要と産業医が判断した場合、事業者に対して必要な措置を講ずるよう勧告することができます。
それでは、産業医の勧告はどのような流れで行われるのでしょうか。
産業医の勧告の流れ
労働者の健康を守るために必要な措置があると判断された場合、産業医は勧告を行います。
勧告前には事業者に事前に確認する
実際に勧告を行う前に、産業医は事業者の意見を事前に確認します(安衛法規則 第14条の3)。
このように産業医が事業者に勧告を行う際に事業者の意見を求めることは非常に重要です。これは、勧告の内容や趣旨が事業者に十分に理解され、適切に共有されることによって、労働者の健康管理が効果的に行えるようにするためです。
事業者の意見を取り入れることで、勧告が現実の職場環境や業務に即したものであるか確認でき、実行可能性が高まります。また、事業者が自身の意見を反映させることで、勧告に対する理解や受け入れが促進され、実施に向けた協力も得やすくなります。
さらに、事業者が勧告の内容を正しく把握し、適切に対応することで、労働者の健康管理に対する取り組みが強化され、職場環境の改善に繋がります。
【勧告後】勧告の内容を記録・保存
事業者が勧告を受けた場合、勧告の内容・勧告を踏まえて講じた措置の内容(措置を講じない場合は、その旨・その理由)を記録し、3年間保存する義務があります(安衛法 第14条3 第2項)。
【勧告後】衛生委員会に報告
事業者が勧告を受けた時は、勧告を受けた後、すみやかに勧告の内容、勧告を踏まえて講じた措置又は講じようとする措置の内容を衛生委員会等に報告する義務があります。措置を講じない場合でもその旨とその理由を報告しなければなりません(新安衛則第14条の3)。
第十四条の三 産業医は、法第十三条第五項の勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の内容について、事業者の意見を求めるものとする。
2 事業者は、法第十三条第五項の勧告を受けたときは、次に掲げる事項を記録し、これを三年間保存しなければならない。
一 当該勧告の内容
二 当該勧告を踏まえて講じた措置の内容(措置を講じない場合にあつては、その旨及びその理由)
3 法第十三条第六項の規定による報告は、同条第五項の勧告を受けた後遅滞なく行うものとする。
4 法第十三条第六項の厚生労働省令で定める事項は、次に掲げる事項とする。
一 当該勧告の内容
二 当該勧告を踏まえて講じた措置又は講じようとする措置の内容(措置を講じない場合にあつては、その旨及びその理由)
産業医の勧告権を無視した場合
産業医の勧告権を無視した場合、直接的な罰則は法律上明記されていません。しかし、事業者には労働者の健康と安全を確保するための安全配慮義務があります。この義務に違反した場合、従業員から訴訟を起こされる可能性があります。
例えば、産業医の勧告を無視して不適切な労働環境を放置した場合、従業員が健康被害を受けた際には、事業者が安全配慮義務を怠ったと見なされ、損害賠償を求められることがあります。
このように、産業医の勧告を軽視することは、従業員の健康を脅かし、法的な問題を伴うことになるため適切な対応が求められます。
おわりに
今回は産業医の勧告権について解説いたしました。産業医の勧告権は従業員が健康に働くために重要な制度です。
しかし、勧告以前に日頃から、産業医と事業者との間で情報共有や丁寧なコミュニケーションを図ることが重要です。互いの事実認識や問題意識を理解することで、効果的な職場環境改善を進めていくことができます。