ワークエンゲージメントとは仕事に対してポジティブで充実した心理状態のことを示し、従業員のワークエンゲージメントが高いと、人材流出が減少し、優秀な人材が集まりやすくなります。
働き方の多様化や労働力人口の減少が進む中、従業員一人ひとりの「エンゲージメント」が高く、働きがいのある職場をつくることが企業の成長に欠かせない要素になりつつあります。
エンゲージメントが重要視されるようになった理由
「エンゲージメント」という言葉を耳にする機会が増えましたが、その背景には、現代社会における組織と個人の関係性の変化、従業員のモチベーションの在り方、多様性への対応、そして管理職の役割の変化が深く関わっています。
1)組織と個人の関係性の変化:一方通行から双方向へ
かつての組織と個人の関係は、組織が主導権を握る傾向にありました。しかし、終身雇用制度の崩壊や労働市場の流動化が進む現代において、従業員は自身のキャリアや働き方を主体的に考えるようになっています。組織は、一方的な指示や評価だけでは従業員のコミットメントを得られず、個々の価値観やキャリア、アスピレーション(Aspiration)を尊重し、双方向の対話を通じて信頼関係を築くことが不可欠となっています。エンゲージメント向上は、この新たな関係性を構築するための重要な鍵となるのです。
2)モチベーション:内発的動機の重視
従来の画一的な評価制度や報酬制度だけでは、従業員のモチベーションを維持・向上させることは難しくなっています。現代の従業員は、給与や待遇だけでなく、仕事へのやりがいや成長の機会、組織への貢献実感といった内発的な動機を強く求めています。エンゲージメントの高い従業員は、自律的に仕事に取り組み、創造性を発揮し、高いパフォーマンスに繋がる傾向があります。組織全体の活性化のためにも、従業員のエンゲージメントを高め、内発的なモチベーションを引き出すことが重要視されています。
3)多様性への対応:個性を活かす組織へ
グローバル化や価値観の多様化が加速する現代において、組織は性別、年齢、国籍、価値観、働き方など、実に多様なバックグラウンドを持つ人材で構成されることが一般的です。そして、ダイバーシティ・マネジメントが広がりつつある今、従来型の画一的なマネジメントを行うことが困難になってきています。
なぜなら、多様な従業員はそれぞれ異なるニーズや価値観を持っているため、一律的な管理手法では不公平感を生み出し、モチベーションの低下や離職に繋がりかねません。
多様な価値観やライフスタイルを持つ人材を尊重し、その違いを活かして組織の力を高めることが重要です。さまざまな人材を採用し、活躍を促進する観点からも、エンゲージメントへの関心が高まっています。
4)管理職のエンゲージメント:変革の推進力
組織のエンゲージメント向上を成功させるためには、管理職のエンゲージメントが不可欠です。管理職は、組織のビジョンや目標を従業員に浸透させ、日々のコミュニケーションを通じて信頼関係を構築し、成長の機会を提供するなど多くの役割を担います。組織の要である管理職自身が高いエンゲージメントを持ち、率先して行動することで、チーム全体のエンゲージメントを高めることができます。管理職のエンゲージメントは、組織全体のエンゲージメント向上を推進するエンジンとなるのです。
エンゲージメントの3つ要素
「ワーク・エンゲイジメント」は、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli 教授らが提唱した概念であり、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義されています。
このことから、ワークエンゲージメントの高い人は、仕事にやりがいや誇りを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て活き活きとしているといえます。
上の図のように、ワークエンゲージメントの関連概念はそれぞれ異なる側面を表していますが、従業員の意欲や組織への貢献度を考える上で、ワークエンゲージメントと合わせて理解することが重要です。
ワーカホリズムとの違い
ワークエンゲージメントとよく混同される概念として「ワーカホリズム」があります。どちらも仕事に対してエネルギーを注ぎ、高い活動レベルを維持しますが、ワーカホリズムは本人の意思とは関係なく、強迫的に仕事に取り組む姿勢を指します。ワーカホリズムでは、一生懸命働くものの、その結果として疲れ果てて「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に陥る可能性があります。バーンアウトになると、やる気を失い、心身に悪影響を及ぼすことがあります。
ワーカホリズムの特徴
ワーカホリズムの特徴には、
「仕事中でなくても頻繁に仕事のことを考える」
「組織からの期待や経済的な必要性以上に働く」
- ワーカホリックは、義務感や不安に駆られて仕方なく仕事に没頭している状態。
- ワークエンゲージメントは、意欲や充実感を感じながら自発的に仕事に打ち込んでいる状態。
同じように仕事に熱心に見えても、その内面的な状態と持続可能性に大きな違いがあるのです。
ワーク・エンゲージメントを高める「二つの資源」
ワーク・エンゲージメントを高める上で重要なのが「個人の資源」と「仕事の資源」という二つの側面です。
まず「個人の資源」とは、私たち自身が持つ力、いわば内なるエネルギーです。自己効力感(自分ならできるという感覚)、楽観性(前向きな考え方)、希望(目標達成への意欲)、そしてレジリエンス(困難を乗り越える力)などがこれにあたります。これらの資源が豊かなほど、私たちは困難な状況にも積極的に立ち向かい、仕事の中で主体性を持って行動できるため、エンゲージメントが高まりやすいと言えるでしょう。
次に「仕事の資源」とは、仕事を取り巻く環境から得られるサポートや機会です。例えば、上司や同僚からのサポート、フィードバック、裁量権、成長の機会、明確な目標設定などが挙げられます。これらの資源が充実しているほど、私たちは仕事への意欲を維持しやすく、ストレスを感じにくい環境で働くことができます。結果として、仕事への熱意や没頭度が高まり、エンゲージメントへと繋がるのです。
ワークエンゲージメントを高めるための第一歩
ワークエンゲージメントを高める上で、個人の意欲や能力といった「個人の資源」も重要ですが、最初に「仕事の資源」に目を向けることが、実は効果的な第一歩となり得ます。
なぜなら、「仕事の資源」は、私たちが日々の業務に取り組む環境そのものだからです。例えば、明確な目標設定、上司や同僚からのサポート、適切なフィードバック、仕事の裁量権、キャリア開発の機会などがこれにあたります。これらの資源が不足している状態では、個人の高い意欲もなかなか持続しません。まるで燃料のない車のように、走り出したくても走れない、もどかしい状況に陥ってしまうのです。
逆に、仕事の資源が豊富に提供される環境下では、従業員は安心して仕事に取り組むことができます。目標が明確であれば、どのように力を注げば良いかが分かり、迷いなく仕事に集中できます。周囲からのサポートがあれば、困難に直面しても乗り越える勇気が湧き、新しいことに挑戦する意欲も高まります。適切なフィードバックは、自身の成長を実感させ、更なるモチベーションへと繋がります。
このように、充実した仕事の資源は、従業員の心理的な負担を軽減し、仕事への意欲を引き出す土壌となります。その結果、従業員は仕事に主体的に関わるようになり、ワークエンゲージメントが自然と高まっていくのです。
もちろん、個人の資源を高めることも長期的に見れば非常に重要です。しかし、まずは働く環境を整えることで、従業員は本来持っている力を発揮しやすくなり、エンゲージメント向上のためのポジティブなサイクルを生み出すことができるでしょう。だからこそ、ワークエンゲージメントを高める第一歩として、「仕事の資源」の充実に注力することが肝要なのです。
ワークエンゲージメントを向上させる施策例
ここでは、厚生労働省が公表している事例を参考に、施策と効果を要約してご紹介します。企業規模や業種を問わず応用できる実践的な施策例として、ぜひご参考にしてみてください。
例1: 従業員との対話と信頼関係の構築
施策
- 社長自らがエンゲージメント調査と従業員との定期的な面談を導入
- 調査結果を真摯に受け止め、設備投資や人事制度の改善に繋げる
- 定期的な面談では、業務以外の話も積極的に行い互いの理解を深める
効果
- 人材の定着、管理職の一体感、従業員同士が教え合う風土の醸成
- エンゲージメントの高さをアピールすることで、多様な人材の獲得に繋がる
例2: Well-beingとサステナビリティを重視した経営
施策
- Well-beingとサステナビリティを経営の重要な目的として掲げる
- 従業員だけでなく、顧客、取引先、将来世代など、全てのステークホルダーの幸福を追求する経営
- 評価制度においても、個人の成果だけでなく、経営理念に沿った行動やチームのパフォーマンスを重視
効果
- 個人の働く姿勢とチーム評価の二軸評価でWell-being指標が大幅向上
例3: 従業員の働きがいと働きやすさの両立
施策
- 従業員が自分自身を大切にすること(ワークライフバランス)を重視
- 企業の価値観に合った人材の採用と入社後の定期的な面談
- 経営層との対話を通じて、企業風土や価値観の共有
効果
- 継続的に従業員との対話を実施し、従業員の企業への共感と働きがいが向上
- 「従業員を大切にする会社」という評判が広まり、応募者の増加
例4: 離職率の低下と風通しの良い組織づくり
施策
- 実力主義・成果主義から従業員を大切にし、長期的な人材育成を行う方針への転換
- 従業員の意見を把握するためのアンケートの実施と人事部門からの返信
- アンケートを検証し気になる従業員には声をかけ、状況に応じて異動を検討
- 若手に責任ある立場を任せる「抜てき」と全社表彰制度の導入
効果
- 風通しの良い組織へ変化し、離職率が大幅に低下した
例5: 従業員と組織の活力の向上
施策
- 月次の簡易アンケートで体調や働きがいを調査
- 回答の変化から負担感やコンディションの早期変化を察知し、対策
- 組織診断のための調査の実施と人事制度や研修への反映
効果
- 調査結果の現場フィードバックで、意見・アイデア交換など双方向コミュニケーションが活性化
ワークエンゲージメントを高め組織を活性化させる施策
ワークエンゲージメントを向上させるために、組織が実施すべき重要な施策は以下の通りです。
定期的なエンゲージメント調査の実施
エンゲージメント向上の第一歩は、現状を正確に把握することから始まります。定期的なエンゲージメント調査を実施することで、従業員の仕事への満足度、組織への愛着度、成長実感などを数値化し、可視化することができます。調査結果を分析することで、組織全体の傾向や課題、部署ごとの強み・弱みを把握し、具体的な改善策を検討するための基礎データとすることが重要です。
ワーク・ライフ・バランスの重視
仕事への熱意を持続させるためには、従業員の心身の健康が不可欠です。ワーク・ライフ・バランスの重視は、その基盤となります。柔軟な働き方の導入、休暇取得の推奨、長時間労働の是正などを通じて、従業員が仕事とプライベートを両立できる環境を整備することが求められます。充実した私生活は、仕事への集中力やモチベーションを高め、結果としてエンゲージメント向上に繋がります。
成長支援プログラムの導入
従業員の「成長したい」という意欲に応えることは、エンゲージメントを高める上で重要な要素です。成長支援プログラムの導入として、OJT、Off-JT、資格取得支援、メンター制度などを整備し、従業員が自身のスキルや能力を開発できる機会を提供しましょう。自身の成長を実感できる環境は、仕事への意欲を高め、組織への貢献意識を育みます。
管理職の意識
管理職の従業員への関わり方は、エンゲージメントに大きな影響を与えます。組織の理念を日々の業務の中で浸透させること、面談時における傾聴の姿勢、そして従業員の成長を支援する意識が求められます。そのためには、管理職自身がエンゲージメントの重要性を理解し、適切なマネジメントスキルを習得するための研修の実施も有効な取り組みです。管理職のリーダーシップが発揮されることで、従業員は安心感と信頼感を持って仕事に取り組むことができます。
インセンティブ制度の見直し
従業員の貢献意欲を高めるためには、適切な評価と報酬が重要です。インセンティブ制度の見直しを行い、成果だけでなく、プロセスや行動、エンゲージメントへの貢献度なども評価に反映させることで、従業員のモチベーション向上を図りましょう。金銭的な報酬だけでなく、表彰制度やキャリアアップの機会なども有効なインセンティブとなります。
まとめ
ワークエンゲージメントを高めるための施策は多岐にわたりますが、重要なのは、現状を把握し、従業員のニーズに応じた施策を継続的に実施し、改善していくことです。上記で挙げた施策を組み合わせ、組織全体でエンゲージメント向上に取り組むことで、従業員一人ひとりがその能力を最大限に発揮し、組織全体の活性化へと繋がるでしょう。エンゲージメントの高い組織は、変化に強く、持続的な成長を実現できるでしょう。