ストレスチェックは、従業員のストレス状況を把握し、メンタルヘルスの不調を未然に防ぐことや、職場環境の改善を目的として実施される制度です。従業員が常時50人以上在籍する事業場では、法律により実施が義務づけられています。また、受検の対象となる従業員の範囲については、厚生労働省が規定しています。
しかし、誰がストレスチェックの対象者となるのか、その範囲について疑問を持つ方も多いでしょう。本記事では、ストレスチェックの対象者について詳しく解説します。
ストレスチェックとは
ストレスチェックは、労働安全衛生法に基づき、従業員の心理的負担の程度を測定する制度です。
労働安全衛生法においては次のように明記されています。
引用:労働安全衛生法(昭和四十七年六月八日法律第五十七号)
事業者は、常時50人以上の労働者がいる事業場において、年1回のストレスチェックを実施する義務があります。これにより、従業員のメンタルヘルスの問題を早期に発見し、必要な対策を講じることが可能になります。
ストレスチェックは、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐこと(一次予防)を目的としています。従業員が自分のストレスに気づき、適切に対処できるよう支援するだけでなく、職場環境を見直し、働きやすい環境を整えることで、心身の健康を維持することを目指しています。
ただし、受検は従業員の自由意思に基づくため、強制ではありません。事業者は従業員が受検しやすい環境を整えることが推奨されており、例えば、プライバシーを守るための工夫や、心理的安全性を確保するための啓発活動が求められます。
ストレスチェックの受検対象
ストレスチェックの対象者は、基本的には「労働者」とされており、正社員に限らず、パート・アルバイト、派遣社員なども対象となる場合があります。これは、労働時間や雇用形態に関わらず、職場でのストレスの影響を受ける可能性があるすべての人に配慮するためです。
厚生労働省はストレスチェックの対象者を「常時使用する労働者」とし、次の通り明記しています。
イ 事業者がストレスチェックを行うべき「常時使用する労働者」とは、次の①及び②のいずれの要件をも満たす者であること。
① 期間の定めのない労働契約により使用される者(期間の定めのある労働契約により使用される者であって、当該契約の契約期間が1年以上である者並びに契約更新により1年以上使用されることが予定されている者及び1年以上引き続き使用されている者を含む)であること。
② その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること。
引用:通達 第3 細部事項(労働安全衛生規則関係)
以上のことからストレスチェックの受検対象者は、正社員の他、一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある人が対象者となります。
しかし、具体的に役員、休職中の正社員、新入社員、派遣社員、パート・アルバイト などが対象になるのか疑問に思う方も多いでしょう。そこで、次にストレスチェックの対象範囲について詳しく解説します。
ストレスチェックの対象範囲を具体的に解説
ストレスチェックの対象範囲は、企業や組織における雇用形態や勤務状況によって異なります。上記で説明したように、基本的には、正社員の他、一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある人が対象となりますが、具体的にどのような人が対象になるのか、また対象外となるケースについても確認が必要です。本項目では、それぞれの雇用形態や状況ごとに詳しく解説します。
役員
ストレスチェック制度における対象者について、役員が含まれるかどうかは、役員の雇用形態や労働条件によって異なります。
一般的に、役員は労働者とはみなされないため、ストレスチェックの対象には含まれません。しかし、会社と労働契約を結んでいる場合は、対象となる可能性があります。さらに、役員でありながら、部長や支店長、工場長などの従業員としての職務も兼ねている場合は、その業務内容や給与、報酬の支給状況などを総合的に判断し、労働者としての性質が強いと認められることがあります。その場合、その役員もストレスチェックの対象に含まれる可能性があります。
また、企業によっては役員のメンタルヘルスを考慮し、任意でストレスチェックを実施するケースもあります。
特に、従業員との関係性や業務の負担が大きい役職に就いている場合、精神的ストレスがかかりやすいため、企業側の判断で実施することも増えています。
さらに、取締役会の中でも業務執行責任を持たない役員と持つ役員では、ストレスの感じ方が異なる可能性があり、企業がその差を考慮してストレスチェックを適用するかどうかを決定する場合もあります。
パート・アルバイト
パートやアルバイトも、一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある場合にはストレスチェックの対象になります。
厚生労働省のストレスチェックマニュアルには次の通り記載されています。
引用:労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(厚生労働省)
そのため、すべてのパート・アルバイトがストレスチェックの受検対象となるわけではありません。
ただし、雇用形態や時間にかかわらず、職場でのストレスを抱える可能性があるため、企業が独自の判断でパートやアルバイトにもストレスチェックを受ける機会を提供する場合もあります。
特に、接客業や工場勤務など、対人関係や作業負荷が高い業務に従事するパート・アルバイト従業員には、メンタルヘルスのサポートが重要とされています。
派遣社員
派遣社員(派遣労働者)はストレスチェックの対象となりますが、その 実施義務があるのは派遣元(派遣会社) であり、派遣先(実際に勤務する職場)には実施義務はありません。ただし、派遣先が自主的に実施することは推奨されています。
厚生労働省の「ストレスチェック制度関係 Q&A」から派遣労働者に対するストレスチェックについて詳しく確認してみましょう。
派遣元(派遣会社)のストレスチェック実施義務
派遣元(派遣会社)は、50人以上の労働者を雇用している場合、ストレスチェックを実施する義務があります。たとえば、派遣会社に200人の派遣社員が在籍している場合、各派遣先で何人働いているかに関係なく、派遣元は全員に対してストレスチェックを実施しなければなりません。
派遣先(実際に働いている職場)の扱い
派遣社員が働いている派遣先の職場でも、ストレスチェックの実施義務が発生する場合があります。これは、ストレスチェックの対象となる労働者の数を数える際に、派遣社員も含めてカウントするためです。たとえば、派遣社員20人+正社員40人=合計60人の事業場では、派遣先はストレスチェックを実施する義務があります。
しかし、この場合、派遣先がストレスチェックを実施するのは 自社の正社員や直接雇用の従業員のみ であり、派遣社員に対しては実施義務がありません。
派遣先が派遣社員にもストレスチェックを実施する場合
法律上、派遣先が派遣社員にストレスチェックを実施する義務はありませんが、職場環境の改善のために実施することが推奨されています。もし派遣先が派遣社員にもストレスチェックを実施し、その結果を派遣元で利用する場合、派遣元が正式に委託し、費用を負担する必要があります。単に派遣先が実施したストレスチェックの結果を派遣元が受け取るだけでは、派遣元が法的に実施義務を果たしたことにはなりません。
労働基準監督署への報告
派遣先が派遣社員にもストレスチェックを実施した場合でも、労働基準監督署への報告は 義務のある正社員などの対象者数のみ を報告すればよく、派遣社員の人数は含める必要はありません。同様に、法律上の対象外となる短時間労働者(正社員の4分の3未満の労働時間のパート・アルバイト)についても、報告の対象にはなりません。
このように、派遣社員がストレスチェックを受ける場合、基本的には 派遣元が責任を持って実施する ことになりますが、職場の環境改善のために派遣先が自主的に対応することも推奨されています。
休職・育休中の労働者
ストレスチェックの実施期間中に休職や育休中の労働者は、ストレスチェックの対象としなくても差し支えないとされています。
ただし、休職の理由や期間によっては、企業が自主的にストレスチェックの受検を促すこともあります。特に、メンタルヘルスの問題で休職している場合、復職に向けたサポートの一環として、ストレスチェックを活用する企業も増えています。
入社直後の社員
入社直後の社員も一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある場合にはストレスチェックの対象となります。
新入社員や中途採用の社員の場合、新しい環境に適応する過程で、多くのストレスを感じることがあるため、早期にチェックを受けることが推奨されます。特に初めての職場環境や慣れない業務内容により、精神的な負担が増加しやすいため、企業は適切なフォローを行う必要があります。離職や休職を防止するためにも、入社直後の社員へのケアは重要です。
退職予定者
退職予定者であっても、退職前に労働契約が存続している場合は対象となります。ただし、退職日が近い場合は受検を省略するケースもあります。特に、退職理由が職場のストレスに起因するものである場合、企業としてはストレスの原因を特定し、職場環境の改善につなげるために、希望者に対してストレスチェックを実施することもあります。
また、早期退職制度を利用する労働者や定年退職を迎える労働者に対しても、メンタルヘルスケアの一環としてストレスチェックを提供する企業も増えています。これにより、退職後の生活変化によるストレス管理をサポートすることができます。
在籍出向労働者
在籍出向者がストレスチェックの対象となるかについては、厚生労働省の「ストレスチェック制度関係 Q&A」に次の通り明記されています。
このため、「在籍出向労働者」のストレスチェックを出向元で行うか、出向先で行うかについては、その実態を総合的に勘案して判断する必要があります。
なお、集団分析については、職場単位で実施することが重要であるため、在籍出向の実態にかかわらず、出向先事業者において、出向者も含めてストレスチェックを実施するとともに集団分析を実施することが望ましいです。
引用:ストレスチェック制度関係 Q&A(厚生労働省)
在籍出向の労働者について、ストレスチェックを 出向元(元の会社) で行うのか、出向先(現在働いている会社) で行うのかは、ケースによって異なります。
ストレスチェックの実施場所
ストレスチェックは、労働契約を結んでいる会社 で実施するのが原則です。しかし、在籍出向の場合、出向先の会社とも労働契約があるかどうかは、次のような要素を総合的に判断して決められます。
- 指揮命令権(誰が業務の指示をしているか)
- 賃金の支払い(給与はどの会社から支払われているか)
そのため、ストレスチェックを 出向元で実施するのか、出向先で実施するのか は、実際の労働関係を考慮して決定されます。
集団分析の実施
ストレスチェック後の 集団分析(職場ごとのストレス状況の分析) は、職場単位で行うことが重要です。そのため、在籍出向の実態に関係なく、出向先の職場で働くすべての労働者を対象に、出向者も含めて集団分析を実施することが望ましい とされています。
以上をまとめますと次の通りになります。
- ストレスチェックの実施は、労働契約がある会社(出向元 or 出向先)で行う。
- どちらで実施するかは、業務の指揮命令や給与支払いの実態をもとに判断する。
- 集団分析は職場単位で行うため、出向者も含めて出向先の職場で実施するのが望ましい。
つまり、ストレスチェックの実施場所はケースバイケースですが、職場環境の改善のためには 出向先の職場で全体のストレス状況を把握することが推奨されます。
外国人労働者
外国人労働者も日本の労働法の適用を受けるため、一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある場合にはストレスチェックの対象となります。
また、外国人労働者は、業務に伴う一般的なストレスに加え、異国で働くことへの不安や、家族や友人と離れて暮らすことによる寂しさ、相談相手がいないことによる孤独感など、特有の悩みを抱えることが少なくありません。こうした状況を踏まえ、制度の趣旨や質問内容を正しく理解できるよう、特別な配慮を行い、本来の目的に沿った適切な運用を進めることが重要です。
このような背景から、厚生労働省では外国語に対応した調査票を作成し、下記URLにて公開しています。
さらに、外国人労働者は、言語や文化の違いによるストレスを感じることが多いため、適切なサポート体制の整備が求められます。企業においては、外国人労働者が自分のストレスを正しく把握し、気軽に相談できる環境を整えることが重要です。また、職場環境の違いや労働慣行の相違がストレスの要因となるため、多文化共生の視点を取り入れた対応が必要となります。
海外への長期出張者
海外への長期出張者がストレスチェックの対象となるかについては、厚生労働省の「ストレスチェック制度関係 Q&A」に次の通り明記されています。
引用:ストレスチェック制度関係 Q&A(厚生労働省)
海外勤務者のストレスチェックの必要性は、その雇用形態によって異なります。
海外の現地法人で雇用されている場合
海外の現地法人に雇用されている労働者は、その国の法律が適用されるため、日本の労働法の対象にはなりません。そのため、日本で義務付けられているストレスチェックを実施する必要はありません。例えば、日本企業の海外支社や現地法人に直接雇用された社員は、日本のストレスチェック制度の対象外となります。
日本企業から海外に長期出張している社員の場合
一方で、日本の企業に雇用されたまま海外へ 長期出張 している社員は、日本の労働法の適用を受けるため、ストレスチェックを受ける必要があります。この扱いは、一般的な健康診断(一般健診)と同じであり、日本国内で勤務している社員と同様に、健康管理の一環として実施することが求められます。
企業が考慮すべきポイント
ストレスチェックの実施方法
海外にいる社員に対しては、オンラインでの受検や、海外での提携医療機関を活用するなどの工夫が必要です。
海外勤務特有のストレスへの配慮
海外勤務者は、異文化環境や生活習慣の違い、言語の壁など、通常の勤務とは異なるストレスを抱えることがあります。そのため、ストレスチェックの結果を適切に分析し、必要に応じてメンタルサポートを提供することが重要です。
このように、海外勤務者のストレスチェックの実施については、雇用形態や勤務状況に応じた対応が必要です。企業は、海外勤務者の状況に応じた適切なストレスチェックの実施方法を検討し、社員のメンタルヘルスをしっかりとサポートすることが求められます。
うつ病などの精神疾患で通院している労働者
すでに精神疾患の診断を受け、治療を受けている労働者であっても、ストレスチェックの対象要件を満たしていれば、受検の対象となります。具体的には、正社員に限らず、一定期間以上の勤務が見込まれ、正社員の労働時間の4分の3以上働いている場合も対象となります。ただし、医療機関での診断や治療が優先されるケースもあります。
企業は、産業医やカウンセラーと連携し、該当者が適切なケアを受けられるようにすることが大切です。また、必要なサポートや業務負荷の調整を行い、メンタルヘルスを維持できる環境を整備することが求められます。
ただし、ストレスチェックの受検は労働者の義務ではありません。精神疾患を抱える人にとっては、受検自体が負担となることもあるため、企業が強制することはできません。
ストレスチェックの受検は任意
ストレスチェックは、労働者の健康を守るための制度ですが、受検は任意です。企業は受検を促すことはできますが、強制することはできません。
企業が労働者に対して受検を勧める場合は、適切な周知や説明が必要です。特に、受検することで自身のメンタルヘルスの状態を把握し、必要なサポートを受けるきっかけとなることを理解してもらうことが重要です。
また、ストレスチェックの結果は個人情報として厳格に管理され、本人の同意なしに企業が確認することはできません。そのため、受検するかどうかを決める際には、個人のプライバシーが尊重される仕組みが整えられていることを周知することも大切です。
企業によっては、ストレスチェックの受検率を向上させるために、専門のカウンセリングサービスを併設したり、ストレスチェックの結果をもとにメンタルヘルスの研修を実施するなどの取り組みを行う場合もあります。これにより、従業員が安心して受検できる環境を整えることが可能になります。
まとめ
ストレスチェックの対象者は、基本的に「労働者」とされ、正社員だけでなく一定期間以上働く見込みがあり、正社員の4分の3以上の労働時間がある場合にはパート・アルバイト、派遣社員も対象となる場合があります。一方で、役員や休職者などは対象外となることが多いです。
厚生労働省のストレスチェックマニュアルを確認し、適切にストレスチェックを実施することが重要です。