【 精神科産業医の事例紹介】発達障害の従業員への復職支援と職場対応

メンタルヘルス

精神科産業医の後藤 剛です。私は、精神科産業医の立場で、うつ状態で休業している従業員の職場復帰に関わる機会が多いです。“うつ状態”といいましても、必ずしもうつ病というわけではなく、適応障害や双極性障害(躁うつ病)のうつ病相など様々な疾患が背後にあります。

記事執筆
後藤 剛(弊社取締役)

精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本医師会認定産業医、労働衛生コンサルタント。
産業メンタルヘルスケア株式会社代表取締役。
東北大学教育学部・自治医科大学医学部卒業。総合内科医として地域医療に従事した後、精神科専門医・精神保健指定医として心の病の治療や 職場復帰支援(リワーク)に携わる。現在は精神科産業医として、企業・公的機関と連携し職場のメンタルヘルス対策に尽力している。
日本産業精神保健学会理事、日本精神科産業医協会理事、日本うつ病リワーク協会評議員、集団認知行動療法研究会世話人など。

発達障害と「二次障害」という視点

中でも、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動症(ADHD)といった発達障害のため、職場でうまくいかずに落ち込み、うつ状態になって休んでいる方が一定数いらっしゃいます。発達障害の診断には至らなくても、その傾向がある(グレーゾーン)ため、業務の遂行や職場内外の人間関係などで支障をきたしてしまい、うつ状態になる方もおります。

こうしたケースでは、発達特性そのものが直接の休業理由になるというよりも、発達特性を背景として職場での困難や失敗体験が積み重なり、結果として抑うつ状態を呈していることが少なくありません。このように、一次的な特性や障害(発達障害・発達特性)に起因して、後から生じた精神的不調や精神疾患は、臨床や支援の現場では「二次障害(二次的な精神障害)」と呼ばれています。

※二次障害とは

発達障害(一次障害)そのものではなく、環境とのミスマッチや職場での失敗体験やストレスが積み重なり、後発的に生じた「うつ状態」などの精神不調を指します。

  • 原因: 本人の努力不足ではなく、「特性」と「環境」のミスマッチ

  • 注意点: 症状の改善だけでなく、背景にある特性に合わせた環境調整を行わないと、復職後に再発するリスクが高まります

【事例紹介】ASDの特性により困難を抱えたAさんのケース

説明だけではわかりにくいかもしれませんので、具体的な事例を通じて説明させていただきます。いわゆる「大人の発達障害」が原因でうつ状態となり、休業していた従業員Aさんの職場復帰を精神科産業医としてサポートすることになりました。

Aさんは対人業務がうまくいかずに疲弊し、苦手な業務を先延ばししてため込んでいました。上司に相談したり同僚に助けを求められずに一人悩み、うつ状態となり出勤することができなくなりました。

精神科産業医として面談を重ねる中で、Aさんには発達障害の特性が背景にある可能性がうかがわれました。

具体的には、相手の意図をくみ取ったり臨機応変に対応することが苦手で、対人場面で強い緊張や疲労を感じやすいこと、また業務の優先順位づけや着手の切り替えが難しく、負担感の大きい業務を後回しにしてしまう傾向が認められました。
加えて、自身の置かれた状況を客観的に捉えたり、自分の限界に気づいて周囲に伝えることにも難しさがありました。「適切なタイミングで相談する」という判断が特性上難しく、困難を一人で抱え込んでしまったことが、疲弊を深刻化させた大きな要因と考えられます。

※大人の発達障害について
発達障害は、生まれつきの脳の働き方の違いによる特性です。
自閉スペクトラム症やADHDなどがあり、本人の努力不足や育て方が原因ではありません。子どもの頃は周囲の配慮や環境によって目立たなくても、進学・就職などで社会的な要求が高まると、特性が表面化し、大人になってから気づかれることがあります。特性は環境との相性によって、困りごとにも強みにもなり得ます。正しい理解と工夫により、働きやすさ・生きやすさは高まります。
参考:<政府広報オンライン>発達障害に気づいたら?大人になって気づいたときの専門相談窓口

診断の受容と「スペクトラム」の理解

その後、メンタルクリニックを受診して「うつ状態のため1か月の休業を要する」という内容の診断書が発行され、休業することになりました。当初Aさんは薬物治療を望まず、主治医も本人の意見を汲みとり処方はありませんでした。しかし休んで2週間経っても気分の落ち込みや不眠、不安、焦りが続いたため、抗うつ薬と睡眠導入剤が開始となりました。

症状は徐々に改善傾向となったものの、職場復帰を意識すると、追い込まれていた当時の状況がリアルに思い浮かび、不安や不眠などの症状が再燃してしまいました。「休業延長」の診断書が発行され、休んでから4か月が経とうとしていました。

通院する中で主治医から発達障害の可能性を指摘され、心理検査を受けた結果、「自閉スペクトラム症(ASD)」の診断を受けました。

【自閉スペクトラム症(ASD)の特徴】としては

・コミュニケーションが苦手
・こだわりがある
・想像力に乏しい
・得意不得意の差が大きい
・感覚過敏

などが挙げられます。
ただし、ここで挙げた特徴は、自閉スペクトラム症のある方すべてに当てはまるものではありません。

自閉スペクトラム症(ASD)は、その名称のとおり、特性の有無で明確に線引きされるものではなく、特性の現れ方や程度が連続的に分布する「スペクトラム(連続体)」と考えられています。これらの特性は、程度の差こそあれ、多くの人が何らかの形で持ちうる要素でもあり、その強さや組み合わせ、環境との相性によって、日常生活や就労上の支障の出方が異なります。

そのため、「診断名」や一般的な特徴だけで本人を理解しようとするのではなく、どの特性が、どの場面で、どの程度困難につながっているのかを個別に把握することが重要です。

精神科産業医としても、画一的な対応や決めつけを避け、本人の特性と職場環境との関係性に目を向けた支援が欠かせないと考えています。

復職に向けた具体的な環境調整と工夫

大学を卒業して就職したAさんにとって、自閉スペクトラム症(ASD)の診断は受け入れ難かったことでしょう。しかし、どこかでほっとしたところもあったのかもしれません。

休業から半年が経過し、主治医から「復職可能」の診断書が発行され、私はAさんとの復職判定に関わる産業医面談を実施することになりました。私は復職面談の時、

・基本的な生活リズムが整っているか(睡眠・食事・運動)
・今回体調を崩したきっかけ
・職場復帰後に向けての再発予防策

を必ず質問することにしており、休業者にもあらかじめ知らせてもらっています。

面談ではAさんの睡眠覚醒リズムは安定して、日中も図書館に通うなど活動できていました。抑うつ気分や不安・焦燥感も改善していました。体調を崩したきっかけを質問すると、Aさんは主治医から自閉スペクトラム症の診断を受けたことを自ら説明してくれました。もしかしたら意を決しての発言だったかもしれません。伝えてくれたことに感謝しました。

また、再発予防策として、「仕事をため込まない」「わからないことがあったら抱え込まずに周囲に質問や相談する」などを挙げてくれました。

私の面談結果を参考にして会社側が復職可能と判断し、復職の成功に向けて準備をすることになりました。

復職先について複数の部署が検討されましたが、慣れ親しんだ元の職場に復帰する方針となりました。試し(リハビリ)出勤制度がない会社でしたので、半日勤務から開始して、段階的に勤務時間を延長していくことにしました。

今後の見通しの提示

この次におこなったのが、「Aさんに今後の見通しを提示する」ことでした。自閉スペクトラム症(ASD)の方は、想像することが苦手な傾向があるため、自分自身がどのように復帰していくかを頭の中で思い描くことが難しいと思われます。

まず、はじめの2週間は午前のみの勤務とし、次の2週間は6時間勤務、そして復帰1か月目からフルタイムでの勤務になることを提案しました。当初Aさんは「私は最初からフルタイムで大丈夫です」と言い張りましたが、私から「半年間の休業による体力低下はどんな方にもありうる。それに復職直後は思った以上に気疲れするので、もどかしいかもしれませんが、半日勤務から始めましょう」とお伝えし、了承を得ました。
復職予定日(受け入れ先の部署は準備にある程度時間がかかります)に向け、復帰後の睡眠覚醒リズムをキープすることや有酸素運動を取り入れること、長時間の昼寝の禁止などのアドバイスをしました。

「相談の場」を構造化する

復職先の部署にお願いしたのが相談相手です。

Aさんに確認したところ、幸い職場内に苦手な社員はいませんでした。直属上司のBさんには、毎週決まった時間(例:水曜日の朝礼後の20分間)に1対1での対話をお願いしました。そこではAさんの体調や通院状況、業務に関する悩み、職場の人間関係で気になる点について話し合ってもらいます。

できればAさんから自発的にBさんに相談してほしいところではありますが、特性上、復帰後すぐにはハードルが高いため、私が設定させていただきました。

職場では、従業員に対して「何かあれば声をかけてください」「困ったことがあったら相談してください」といった形で、本人の自発的な相談に委ねる対応が取られることも少なくありません。一見すると、本人の主体性を尊重した、配慮のある関わり方のように受け取られやすい対応です。
しかし自閉スペクトラム症(ASD)のある方にとっては、表現が曖昧であるため、どのタイミングで、何について相談すればよいのかを判断することが難しい場合があります。

今回、定期的な1対1の面談時間をあらかじめ設定したことは、Aさんにとって「相談してよい機会」を明確に示すことにつながりました。

おわりに:その人らしく力を発揮できる環境を模索する

いざ職場復帰の日となりましたが、Aさんは私のアドバイスを守ってくれていたため、生活リズムも整い、遅刻・欠勤することなく出社できました。月1回の訪問時に産業医面談を実施し、現在の治療状況や困っていることをBさん同席のもと話し合いました。「最初は半日の勤務でも疲れました。無理しないでよかったです」と笑顔で話されたのが印象的でした。

このような好事例は、Aさん本人の回復はもちろん、主治医による適切な治療や家族の協力、上司・同僚や人事労務担当者、産業保健スタッフの連携によって成り立っています。

発達特性そのものを「治す」ことはできません。しかし、本人の持つ特性を尊重しつつ、周囲とのミスマッチを最小限に抑え、双方が無理なく働けるような「環境の調整」を行うことは可能です。

もしかしたら今後、うつ状態が再発して再休業になるかもしれませんし、将来的に障がい者枠での雇用に切り替える可能性もあります。大切なのは、診断名という一つの側面だけでその人を推し量るのではなく、その人がその人らしく、持てる力を発揮できる環境を共に模索し続けることだと考えています。
今後もサポートを続けていければと思います。

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