
ストレスチェック制度は、単に従業員のストレス状態を把握するためだけのものではありません。本来は、職場環境の課題を明らかにし、働きやすい職場づくりにつなげることが目的です。
しかし現場では、「制度が形骸化している」「実施して終わりになっている」といった声も聞かれます。
今回は、制度が職場改善にどう結びつくのか、制度本来の意義について、引き続き制度の専門家であり、厚生労働省の関連委員も務めた弊社代表で精神科産業医である渡辺に話を聞きました。
── ストレスチェック制度は、職場環境の改善が目的とされていますが、実際にはその目的が十分に果たされていないという声も聞かれます。この点について、どうお考えでしょうか?
渡辺
「ストレスチェックのあとに職場が変わった」「改善が実感できた」と感じられれば、制度への信頼や期待も自然と高まるはずです。
しかし実際には、「ストレスチェック後に職場環境が改善された」と答えた労働者は、わずか2%にとどまっています(※)。これは、情報共有が不十分であったり、改善の方法が分からなかったり、そもそもサポート体制が整っていないなど、複数の要因が関係していると考えられます。多くの現場では、ストレスチェックを実施しただけで終わってしまっているのが実情です。
本来この制度は、集団分析を通じて職場の課題を可視化し、改善につなげることを目的としています。そのためには、結果をどう活用するか、そして職場にどのようにフィードバックするかが重要です。
── 集団分析というと、部署ごとのストレス傾向が見えるということですよね?
渡辺 そうです。たとえば、「この部署では上司の支援が不足している」「業務量が過多になっている」と感じている社員が多いといった傾向が数値で見えるようになります。これをもとに、対象の部署でコミュニケーション研修を実施したり、業務の見直しを行ったりといった具体的な改善アクションにつなげることができます。
── ただ、そういった分析結果をもとにアクションを起こせている企業は、まだ少ない印象です。
渡辺 はい。その背景には、制度の目的が社内で正しく共有されていないことや、「何をすればいいか分からない」という戸惑いがあると思います。また、「ストレスチェックをやると従業員から不満が出るのではないか」「管理職の負担になるのでは」という懸念もあります。
── たしかに、従業員がストレスチェックに対して警戒心を持つ場面もあると聞きます。
渡辺 それも大事なポイントです。受検する側が「これを書いたら評価に響くのでは」「誰かに見られるのでは」と不安を感じていれば、正直に回答できません。ですから、安心して受けられることを企業側がきちんと示すことが必要なんです。結果が人事評価に使われないこと、プライバシーが守られていることを、繰り返し丁寧に伝える必要があります。
── 従業員の納得と協力を得るためには、どんな工夫が考えられますか?
渡辺 たとえば、制度の説明をするときに「これはあなたが働きやすくするための制度です」と明言すること。また、「ストレスチェックを受けた結果、職場がこう改善された」という成功事例を社内で共有することも効果的です。「やって意味があるんだ」と思えれば、受検に前向きになれますから。
── 制度を活かせている企業には、共通点はありますか?
渡辺 一つは、経営層や管理職が制度の意義を理解していることですね。トップが健康経営に本気で取り組む姿勢を示すと、現場も動きやすくなります。また、ストレスチェック後のフォローや改善のサイクルが確立している企業は、やはり職場の雰囲気も良くなっています。
── 企業にとっても、制度をうまく活かせば大きなメリットがあるということですね。
渡辺 もちろんです。職場環境が改善されれば、従業員の定着率が上がったり、生産性が向上したりといった副次的効果も期待できます。「ストレスチェック=コスト」と考えるのではなく、未来への投資と捉える視点が重要だと思います。
第3回では、50人未満の事業場でも無理なく導入・運用できる現実的な方法について取り上げます。
- 外部委託や簡便な運用の工夫とは?
- プライバシーを守るための設計のポイント
- 費用面の不安をどう乗り越えるか
中小企業でも制度を前向きに活かすためのヒントを、具体的にご紹介します。
出典
(※)「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」-全国調査によるストレスチェック制度の効果評価:労働者調査(平成29年度厚生労働科学研究費補助金 労働安全衛生総合研究事業)
参考図書
PR|ストレスチェック書籍紹介 (弊社代表・医師 渡辺洋一郎 著)

ストレスチェック制度の狙いと課題: メンタルヘルス不調を未然に防止し、職場環境の改善を図るために
渡辺洋一郎 (著), 中西史子 (著)
出版社 : 公益財団法人日本生産性本部 労働情報センター
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